
コンクリートとアスファルトの匂いが夜気に溶け、排気ガスが漂う。成子天神社の近く、暗闇を切り裂くように光る力強い看板。「五輪洞」と刻まれた暖簾が、街の雑踏に凛と佇む。その文字には、確固たる信念が宿っている。
麺屋武蔵の暖簾分けでありながら、ラーメンの特徴は正反対。師の教えを模倣するのではなく、守・破・離を体現したラーメン屋。
麺屋武蔵の暖簾分けでありながら、五輪洞のラーメンは師の模倣ではない。むしろ、対極にある。型を守り、そこから破り、そして独自の道を離れてゆく。「守・破・離」を体現した一杯がある。
仕事場からの帰り道にあり、アパートからも徒歩10分の距離。しかし、旅とは単なる移動のことではない。たとえ歩いた先がわずか数百メートルであっても、そこに未知との出会いや、新たな発見があれば、それは立派な旅となる。

暖簾をくぐると、すぐに食券機が目に入る。五輪洞ら〜めん、1290円。案内されたのは入り口前のカウンター席。扉が開くたび、木枯らしが吹き込んでくる。身震いしながら周りを見渡す。店員は若く、爽やかな声で客を迎える。その明るさとは対照的に、店内の客たちはどこか陰鬱だ。会社帰りの疲れた顔、新宿に暮らす者の陰鬱、観光客の無言の好奇心。それらが混ざり合い、夜の空気をより深く沈めている。

テーブルには、剣豪たちの決闘を描いたイラスト。壁には、武蔵が使った真剣、巌流島で舟を漕いだ櫂のオブジェ。そして、松明のように揺れる篝火。「五輪洞」の店名は、洞窟に篭り、『五輪書』を記した宮本武蔵へのオマージュだろう。

奥には小さな戦場のような厨房。木彫りで「麺屋武蔵」と刻まれた壁の向こう、湯気が立ち昇る中で、職人たちが無言のまま動き続けている。湯切りの音、麺を整える手の動き、スープを注ぐ瞬間。彼らの姿には、人生の無意味さを知りながらも、それでもなお黙々と仕事をする男の影を感じる。

琥珀色のスープ。輝く具材たち。薄いチャーシュー、麺の上に添い寝するメンマ、白ネギ、味玉。そしてチャーシューという小舟の上に乗るカイワレ。そして存在感を放つ鰹節。混沌と秩序、過剰と不足のバランスを見事に調和する一杯。創始 麺屋武蔵と正反対の細麺。歯応えがあり、スープとの絡み具合が絶妙。噛むたびに、小さな宇宙が口の中に広がる。その爆発も一瞬で、すぐに虚無が訪れるのがいい。洗練されたチャーシューの脂とクリーミーな味玉は、旅路で出会うささやかな贅沢。
「なるほど」と小さく頷く。

問答無用に美味しい。包容力もある。一方で、ラーメンはどこか暴力的であってほしい。理屈を超えてほしい。強烈な爪痕を残してほしい。料理は「理(ことわり)を料(はか)る」芸術だが、ラーメンはその理屈を超えていける食べ物だ。創始・麺屋武蔵には、その力があった。
それでも、この店の客足は途切れない。寒空の下でも、席が空くのを待つ人々がいる。この一杯には、今の新宿、これからの新宿の輪郭が描かれている。ラーメン屋も変わらなければ生き残れない。洗練された味を求める人々が増え、それに応えられる店だけが、ここで生き続ける。
店を出て夜空を見上げたとき、風がさらに冷たくなっていた。五輪洞での旅は終わったが、また新しい旅が始まる。
麺屋武蔵 五輪洞
住所:東京都新宿区西新宿8-5-3
営業時間:11:00〜21:00
定休日:無休
座席数:44
電話番号 :03-3371-0634
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