
10月28日。暦の上では暮秋。いつ秋が来たのかもわからぬまま、夏の熱が去りきらず、朝晩の風だけが急に冷たくなった。初秋も仲秋も飛び越えて、気づけば季節は晩秋になっていた。

午後3時。傾き始めた陽の光が、道頓堀川をゆっくりと撫でていく。水面には、雲の切れ間とビルの影がゆらゆらと映り込み、その揺らぎが、この街の呼吸のようにも見える。来年の春、小説を出す。舞台は、1970年代の道頓堀。映画館と人々の記憶が交錯する、フィルムのような物語にしたい。

足掛け四年。街を歩き、喫茶に座り、食堂の湯気を見てきた。それでも、まだ一行も書いていない。構想は、心の中で静かに熟している。
大阪うどん いなの路

人情コッテリ、味覚はあっさり。道頓堀に帰ってきた大阪うどん。
どう小説に登場させようか。主人公が誰かと語り合うよりも、独りでうどんをすする姿の方が似合う気がした。出汁の湯気の向こうで、物語が始まる。
千日前・丸福珈琲店

昭和9年(1934年)の創業。戦後の道頓堀を支えてきた、珈琲の老舗。小説の中で、ここでは映画の話をしようと思う。アメリカ映画か、ヨーロッパ映画か。いや、やっぱり邦画だろう。珈琲の苦味の中に、昭和という時間が溶けている。
おかる

道頓堀のお好み焼きといえば、やはりここ。香ばしいソースの匂いが通りに漂い、鉄板の上で踊るキャベツの音が、どこか懐かしい。11月には、また来よう。まだ道頓堀焼きそばを、食べ忘れている。
純喫茶アメリカン

ガラスのショーケース、金色のロゴ、そして赤い絨毯。“純喫茶”という言葉がまだ生きている店だ。

ナポリタンを前に、「映画の起源」について議論するシーンが浮かぶ。喫茶の音、皿の触れ合う音、すべてがセリフになる。
作の作

浪花とんこつ。道頓堀の夜の湿り気に、豚骨の香りが混ざる。味噌ラーメンの湯気の向こうに、どこか物語の“裏の顔”が立ち上がる気がした。
金久右衛門 道頓堀店

大阪ブラック。大阪ブラック。この黒いスープには、店主の人生がある。映画の登場人物に語らせるより、店主の背中をひとつ描くだけで、物語になる。
夫婦善哉

今回は、行きそびれた夫婦善哉。11月は「栗善哉」を食べないといけない。善哉の甘さには、人生の苦味がよく合う。一椀の中に、大阪という街の優しさが詰まっている。
花丸軒

道頓堀の真ん中で、24時間、灯りを絶やさぬ店「花丸軒」。夜でも昼でも、ラーメンの湯気が街を包む。

看板メニュー「しあわせラーメン」が忘れられず、再び暖簾をくぐる。

午後3時、外は観光客の波。店内は地元客と外国人が混じり合い、小さな世界の縮図のようだった。

券売機の光を背に、注文したのは「ちゃんぽん麺」「ギョーザ」「ヤキメシ」。1400円で、黄金の三重奏だ。
ちゃんぽん麺

スープは白濁した豚骨に塩が鋭く効いている。レンゲを近づけた瞬間、熱気が顔を包む。ひと口。舌の上で“塩の刃”が走り抜け、次の瞬間、まろやかさがやさしく追いかけてくる。長崎のちゃんぽんではない。大阪のちゃんぽんだ。豚骨塩ラーメンと長崎ちゃんぽんの“あいの子”のような一杯。どこか荒削りで、どこか愛しい。浪速のロックバンド。

ギョーザは小粒でサクッと軽やか。皮は薄く、噛むと香ばしい音が鳴る。中から溢れるニラとニンニクの香りが一気に立ちのぼる。おやつのようでいて、味はしっかり男前。
『男はつらいよ』に出てくる源公みたいだ。地味だけど、欠かせない。

焼き飯はパラリと軽く、香ばしい油の香りが立つ。熱々の米粒が口の中で弾ける。ラーメンの脇にありながら、決して脇役にならない。むしろ主役を引き立てる、名バイプレイヤー。川地民夫のように、静かに映画を締める。
アラビヤコーヒー

食後、千日前の角にある「アラビヤコーヒー」へ。

創業1951年。古い時計が止まったまま、棚の上には、昭和の埃とロマンが積み重なっている。

今日はご主人の姿がなく、女性ふたりが店を切り盛りしていた。外国人観光客が写真を撮っては、外に消えていく。

注文したのは、ブラジルのホットコーヒー。黒く澄んだ液面が、ランプの光を映して揺れる。一口含むと、苦味がすっと舌を抜けていく。強いのに、角がない。苦味が主役でありながら、どこか透明で、やさしい。喧騒の中で飲むには、少し静かすぎるほどの珈琲。
ホットケーキ

続いて、ホットケーキ。二段重ねの厚みが可愛らしい。表面はサクッと香ばしく、中は空気を抱き込んだようにふわふわ。ナイフを入れると、じんわりとバターが溶けて広がる。はちみつが陽だまりのように光る。“冒険するホットケーキ”という表現が、ぴったりだ。

夕暮れの道頓堀川が流れていた。その水面を眺めながら、これから向かう大阪ドームの試合のことを思った。秋の風は少し冷たいが、心は不思議と温かかった。
食の憶い出を綴ったエッセイを出版しました!

『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。