食いだおれ白書

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大阪市北加賀屋「喫茶 蘭」〜夫婦の歴史、プライスレス

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恩師が本を出した。そのブックイベントが北加賀屋であり、帰りに腹が減ったので駅前の喫茶「蘭」に入った。

蘭。名前からして古風で、花のよう。字がいい。素晴らしい字面だ。柔らかくて、誇り高い。外観はギリシャ神殿ふう。柱が二本、白く立っていて、気取ったところが大阪らしくて好きだ。

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中に入ると、昭和の劇場のような光景が広がる。高い天井にシャンデリア、壁のステンドグラスは、どこか物語の中の風景のようで、窓辺の光が赤絨毯をやわらかく撫でている。椅子の背もたれには手彫りの模様。柱の飾りはギリシャ風。

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こういう店を「趣がある」と言うのは簡単だが、そうではない。時代に流されず、誰かの手で磨かれ、整えられてきた空間。

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ランチタイム。ナポリタン500円。コーヒーをつけても750円。茹ですぎた麺に、ケチャップの甘みがまんべんなく絡まり、ピーマンが申し訳程度に緑を添える。

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これぞナポリタン。ちゃんとメニューが「イタリアン(昔のナポリタンの呼び方)」になっている。

店は年配のご夫婦が切り盛りしていて、おばあちゃんは耳が遠い。「すみませーん」と言っても気づかず、三回ほど「イタリアン」と言ってようやく通じた。そのやりとりが、なぜか心地よい。数年前に祖母を亡くした身には、あのゆっくりとした応答が、時間の奥に沈んだ優しさを掘り返してくれるようで、少し泣きそうになる。

厨房の奥から、ご主人の声が飛ぶ。「ちゃう言うてるやろ!」びっくりするほど鋭い声。でも、きっと、あれは叱ってるんじゃない。あれもまた、愛のかたちだ。夫婦というものは、他人には測れぬ言葉で生きている。罵倒に見える言葉の中に、日々の支えと祈りが潜んでいる。そう信じたい。

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ナポリタンを食べ終えて、コーヒーを飲む。苦味が、やさしい。外に出ると、午後の陽射しが白い柱を照らしていた。あの店は、きっとこのまま、ゆっくりと時代を超えていくのだろう。ゆっくりと、静かに、あたたかく。

 

  • 店名:喫茶 蘭(きっさ らん)
  • 住所:大阪府大阪市住之江区北加賀屋2-12-16
  • アクセス:大阪メトロ四つ橋線 北加賀屋駅 より徒歩1〜2分ほど(約133m)
  • 営業時間:月〜土 7:00〜18:00(※17時ごろに閉店する場合あり)
  • 定休日:日曜日
  • 支払い方法:クレジットカード・電子マネー・QR決済は利用不可(現金のみ)
  • 禁煙/喫煙:全席喫煙可
  • 駐車場:なし(近隣にコインパーキングあり)

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