
通天閣の灯りが宵闇に浮かび上がる頃、その足元の路地に「うさぎや」はある。昭和26年に暖簾を掲げてから60余年、今なお鉄板の音を響かせる、新世界で最も古いお好み焼き屋だ。

店の外には提灯が灯り、木目の看板に染み込んだ年月が、町の記憶そのもののように佇む。夕刻になると、軒先に腰を下ろす人の姿が絶えない。観光で訪れた者も、地元の常連も、同じ鉄板の熱に惹かれて並ぶ。その風景自体がすでに一篇の物語だ。

暖簾をくぐると、10人ばかりが肩を寄せ合うL字のカウンターと、4つの小さなテーブル。ご夫婦だけで切り盛りされる店は、無駄がなく、凛とした緊張感をまとっている。壁には古びたポスターが並び、昭和の空気が色濃く残る一方で、客の顔ぶれは時代を映す。東南アジアから来た若い旅行者がひとり、英語や中国語のメニューを手にして鉄板を覗き込む。老舗は、常に訪れる人に寄り添いながら、ひっそりと時代を渡ってきた。

名物の「うそ焼き」が鉄板にのせられると、まずソースが焦げる香りが鼻を打つ。うどんの太い麺と、そばの細い麺がひとつの山に積み重なり、じりじりと焼けていく。その取り合わせは、浪速商人の洒落と豪快さをそのまま形にしたものだ。箸を差し入れると、もっちりとしたうどんの弾力と、香ばしく焼けたそばの歯ごたえが混ざり合い、口の中で踊る。ソースの甘さと酸味に、キャベツの甘みが追いかけてくる。混沌が渾然一体となり、舌を掴んで離さない。これぞ大阪のカオス飯だと、納得させられる。

「とんぺい焼き」は、鉄板の上で卵が薄く広げられ、その中に豚肉が重ねられる。ひと息に包み上げられた卵は艶やかに光り、その上からソースとマヨネーズが格子状に描かれる。ひと口かじれば、豚の脂が卵のやわらかさに包まれてじゅわりと広がり、マヨネーズの甘さとソースの濃厚さが追い打ちをかける。暴力的なまでの旨さだ。コーラをひと口流し込むと、喉に抜ける炭酸の刺激がその背徳をさらに鮮明にする。

観光地の賑わいに呑まれながらも、「うさぎや」はひたむきに鉄板を守り続ける。通天閣を見上げながら味わうその一皿には、大阪という街の逞しさと、時代に負けない生命力が詰まっている。
うそ焼きの混沌、とんぺい焼きの濃厚。それらを食べ終えたあと、ふと気づく。
ここで過ごした時間そのものが、新世界の情緒だったのだ、と。
うさぎやの情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 営業時間 | 12:00 ~ 20:00(入店受付は 19:00、ラストオーダー 19:30) |
| 定休日 | 木曜日(情報によっては月曜・木曜休みとの記載あり) |
| 予算・料金目安 | 昼・夜ともに ~2,000円程度 |
| 支払い | クレジットカード不可(現金のみ、電子マネー・QR決済不可) |
| 席・設備 | カウンター席あり。個室なし |
| 喫煙・禁煙 | 禁煙(ただし情報が古い可能性あり) |
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『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
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