
新世界という町に降り立つと、時間の感覚が曖昧になる。昭和の残り香と観光地の喧騒が、ねじれるように入り混じっているからだ。通天閣を仰ぎ見て一息つくと、路地の一角に「ぎふや本家」の暖簾が現れる。

大正5年、1916年の創業。初代通天閣が建てられたわずか4年後だ。串かつという大阪の庶民食が、まだこの街に芽を吹きはじめた頃である。店の構えは老舗の貫禄を漂わせている。重ねられた時間の皺が、木の看板や壁に刻まれている。

戸をくぐると風景は一変する。128席を擁する広い店内は明るく、活気に満ちている。客の大半は若者で、店員も20代が中心。オーダーはQRコード。老舗に似つかわしくないと感じる人もいるかもしれない。だが、新世界という町はもともと、古さと新しさが常に衝突し、混じり合う場所だった。ぎふや本家もまた、その渦の中で息をしている。

卓に並んだ串を眺める。牛、ホルモン、鶏もも、紋甲イカ、まぐろ、ホタテ、メンチカツ。衣は軽やかで、油は驚くほど切れている。サク、とひと口。素材の旨みが衣の香ばしさと溶け合い、ビールを誘う。これを東京で食べても、きっとここまでの味にはならないだろう。新世界の雑多な空気、通天閣の下を行き交う人の声、それらすべてが調味料となっている。
串の合間に頼んだのは、ふわりと甘いだし巻き卵、そして冷えたコーラ。老舗らしからぬ取り合わせだが、意外なほど馴染む。

そして最後に出てくるのが名物の「どろ炊き」。牛すじを出汁でじっくりと炊き上げた皿は、秋や冬に熱燗と合わせれば至福の一杯になるだろう。
かつての新世界には、もっと埃っぽく、もっと猥雑で、もっと人間臭い匂いが漂っていた。じゃりン子チエの舞台を彷彿とさせるような時代は遠ざかり、今の店には大正や昭和の影はほとんど残っていない。

それでも、人はこの町を訪れ、この店で串を頬張る。ぎふや本家は、ただ伝統を守るだけの老舗ではない。時代とともに姿を変え、時代の流れをそのまま受け止め、なお新世界に立ち続けているのだ。
串かつを噛みしめながら思う。老舗という言葉に安住するのではなく、街とともに回転し続ける。ぎふや本家の味は、そんな新世界そのものの姿を写している。
メニュー例・価格帯(変動あり)
| 種類 | 料理例 | 価格(税込) |
|---|---|---|
| 串かつ(肉系) | 牛(名物串カツ) | 165円 |
| 鶏もも | 198円 | |
| 鶏ささみ | 198円 | |
| 黒豚バラ | 220円 | |
| 串かつ(魚介/海鮮) | 白身魚 | 198円 |
| 海老 | 330円 | |
| ふぐ | 275円 | |
| 串かつ(野菜系) | 玉ねぎ、さつまいも、長芋など | 各165円(仕入状況により異なる可能性あり) |
| 名物料理・一品料理 | どろ炊き | 649円 |
| 和牛どて焼き | 528円 | |
| コース/宴会 | ぎふや堪能コース(串 & 一品含む・飲み放題付きなど) | 約3,980円 |
「ぎふや本家」の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 店名 | 大正五年創業 串かつ ぎふや本家(ぎふや 本家) |
| 所在地 | 大阪府大阪市浪速区恵美須東2-5-9 |
| 電話番号 | 050-5494-1222 または 06-6630-9343 |
| アクセス | 阪堺電気軌道 阪堺線 恵美須町駅 徒歩5分 / 大阪メトロ 堺筋線・御堂筋線 動物園前駅 徒歩数分 |
| 定休日 | 無休 |
| 営業時間 | 月〜木:11:00〜22:00金・土・祝前日:11:00〜翌1:00(L.O.24:00)日祝:10:30〜22:00(L.O.21:00) |
| 席数・設備 | 総席数128席、掘りごたつ席、カウンター席、座敷・テーブル席あり |
| 支払方法・決済 | 各種クレジットカード可(VISA, Master, JCB, AMEX, Diners, Discover など)、電子マネー・QR決済対応(PayPay 等) |
| 禁煙/喫煙 | 喫煙可(店内電子タバコ可、屋外に喫煙スペースあり) |
| 外国語対応 | 英語メニューあり |
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『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。