食いだおれ白書

世界を食いだおれる。世界のグルメを紹介します。孤高のグルメです。

煮込うどん中陣/西新宿の路地裏で時間を煮込む

煮込みうどん中陣/西新宿

パスタを作りに一時帰宅する途中、提灯の誘惑に後ろ髪ひかれる。創業40年以上、成子天神の脇、ひとりしか通れない幅の路地裏に佇む「煮込うどん中陣」

中陣のメニュー

中陣のメニュー

中陣(ちゅうじん)とは、社寺で本殿ながある内陣と、一般の人々が参拝する外陣との中間にある間のこと。

煮込うどん中陣/西新宿

成子天神に参拝したあと、西新宿のサラリーマン、北新宿の住民たちが訪れる。かつてはもっと広かったようだが、今はテーブルが4席ほどのコンパクト。

煮込みうどん定食

煮込うどん中陣/西新宿

店の顔、煮込みうどん定食900円。

一汁二菜のバランスは完璧。湯気の奥でぐつぐつと息づく煮込みうどん。丼の縁から立ち上る熱気は、猫舌には試練の警告。それこそが、このうどんの本気度を物語っている。

自慢のコシは、煮込まれても屈しない。芯に秘めた弾力が、噛むたびに確かな存在感を刻む。味噌はどこまでも素朴で、けれど侮れない。

飾り気のない甘みと塩気が、じんわりと心に染み込む。作曲・織田哲郎、作詞・坂井泉水の名曲のように、爽やかさと奥深さが同居した味わい。

田舎の山奥でしか出会えないような、郷愁を誘う一杯。けれど、ここは都会のど真ん中。雑踏を忘れさせるような、優しくも力強い一杯が、目の前で湯気を揺らしている。

さあ、蓋を取れ。ふうふうと息を吹きかけながら、ゆっくりとひと口。熱さの向こうにある、確かな旨さに辿り着くために。

なべやきうどん

煮込みうどん中陣/西新宿,なべやきうどん

17時53分、新宿。街の喧騒が少しずつ色を変え、黄昏がビルの間に落ちていく。

夜が降りる前の一瞬。温泉の本がようやく世に出た。ひとつ肩の荷が下りた。その安堵と興奮を抱えながら、夕食に向かう。身体の芯から温めるようなものを。

煮込みうどん中陣/西新宿,なべやきうどん

温泉にちなんで、ここは「なべやきうどん」一択。1100円。身体を芯から温める儀式の始まり。店内は静寂。ご主人がひとり、厨房で黙々と手を動かしている。その所作に一切の無駄がない。20分経っても、まだ器は運ばれない。

このあと、用事があるのでスマホの時計を気にするが、厨房のご主人の真剣な表情に目をやると、ここにいる間だけは、時間の流れを委ねよう。そう思えてきた。

煮込みうどん中陣/西新宿,なべやきうどん

ドアが開き、サラリーマンが入ってきた。焼き魚定食(鯖)を頼む。彼の後ろに広がる新宿の夜は、すでに暗がりに沈んでいる。

そして、来た。

煮込みうどん中陣/西新宿,なべやきうどん

蓋を開けると、湯気が勢いよく立ち上り顔を包み込む。箸を入れると、出汁が染み込んだ麺が持ち上がる。具がなくても、麺だけで完結された旨み。

ここで終わらない。鍋の奥には、椎茸、筍、鶏むね肉が隠れている。ひとつずつ引きずり上げて口に運ぶたび、滋味深い味が広がる。

ナルト、ほうれん草も、ただの飾りではない。しっかりと役割を持ち、この鍋の物語に絡んでくる。百花繚乱。すべての具材が主役になれる鍋。

そして、海老フライ。衣を噛めば、遠い記憶がよみがえる。中学、高校と、大阪上本町「いせや」の天ぷらうどんを食べたあの頃。熱々のまま、急がず食べるのがこの一杯の流儀。

鍋焼きうどんは、時間とともに味わうものだと、静かに教えてくれる。

すべてがひらがなで綴られる「なべやきうどん」。その優しさと、力強さ。この一杯は、日本一の「なべやきうどん」に違いない。

最後にもう一人、ダンディなサラリーマンが入ってきた。見るからに会社の重役。迷いながら「なべやきうどん」を注文したのを見て確信する。やはり、と。

さっきまで目の前にあった湯気の感触を、胸の奥に留めるようにして、歩き出した。

しっぽくうどん

煮込うどん中陣/西新宿

昼に小町食堂で1200円の豪華ランチを食べ、アパートに戻って1時間の昼寝。目を覚ましたとき異変を感じた。頭が重い。喉が痛む。熱もある。確実に体調は悪化している。なぜだ?それが人間なのか。

とはいえ、仕事は待ってくれない。コワーキングスペースへ向かいPCを開く。だが、18時、ギブアップ。周りの使用者が五月蝿く、ストレスが溜まる。これ以上は無理だ。ストレスと体調不良のダブルパンチで頭がボーッとする。明日はボクシング観戦の予定だが、どう考えてもヤバい。経験上、今の状態で寝ても、朝にはさらに悪化しているだろう。もう後の祭り。

食欲はない。でも、何か胃に入れなければならない。雨は土砂降り。体が冷える。こんなとき、無理してでも温かいものを食べるべきだ。

中陣

店内には先客がひとり。焼きたての魚の皮をパリリと割る。その動作には、慣れた所作と余韻がある。サラリーマンの晩酌は、なんとも言えない美しさがある。冷酒をチビチビ傾けながら、焼き魚に箸を伸ばすその姿。慎ましい所作のひとつひとつが、人生の縮図に見える。哀愁は料理の旨さを引き立てるのか。

中陣

しっぽくうどん950円。適度なコシがあり、出汁を吸いすぎず、それでいてしっかりと絡む。絶妙な塩梅。これが、新宿の名店「中陣」の技。具材も手抜きなし。ほうれん草はシャキッとしていて、揚げは出汁を吸ってふわりと柔らかい。人参の甘みもいいアクセントになっている。うどんの具は脇役かもしれないが、ここではしっかりと舞台に立っている。

ここで出汁を啜って驚いた。かなり濃厚。カツオの風味が強い。麺はあっさり、出汁は濃厚。二刀流で愉しめるようにしている。見事な腕前。やはり中陣は、日本一のうどん屋さん。雨は強くなり体調は悪化しているが、確かな勇気をもらえた。

山賊煮込みうどん

煮込うどん中陣/西新宿、山賊煮込みうどん

5月26日、月曜。国立新美術館で散財したので晩飯を我慢しようと思ったが、猛烈に腹が減った。仕事を18時で切り上げ、部屋の大掃除。引越しの準備をしないといけない。腹が減っては終活はできぬ。カルボナーラを作りたいが、食器を洗ったら動く気力が失われる。お金はかかるが外食。コッテリしたものではなく、うどん。だったら中陣さんだ。

煮込うどん中陣/西新宿、山賊煮込みうどん

店内は新社会人っぽいスーツ姿のサラリーマン、すでに社会人をリタイアした風格のスキンヘッドのおじさん。若者は麺をすすり、おじさんは瓶ビールをチビチビ。麗しき新宿の片隅。

外の風はまだ冷たく、冷やしうどんの季節はもう少し先。今は、温かさが沁みる「山賊煮込みうどん」千円。女将さんが「山賊ひとつねー」と元気な声を厨房へ。

煮込うどん中陣/西新宿、山賊煮込みうどん

スープは四種類の味噌を絶妙にブレンド。濃厚だけど優しく、しっかりだけど丸みがある。具材はごろっと大きく、にんじん、ごぼう、じゃがいも、ちくわ、ネギ…。どれも優しい味わいで、作り手の人柄が染み込んでいる。

令和の今も、昭和の味がこうして息づいている場所がある。昭和の味。昭和100年のぬくもり。百年の孤独ではない。西新宿の片隅に、確かなやさしさが煮込まれていた。

営業時間:月〜金

  • ランチ:11:00 〜 14:00
  • ディナー: 17:00 〜 20:00

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