
御堂筋の並木が、初秋の風に少しだけ肩を落とす。神戸でのゴッホの帰り、街路樹の緑さえどこか油彩の厚みを帯びて見える。土曜の午前、車は粛々と流れ、人の歩調はそれよりわずかに遅い。信号が青になるたび、大阪の中心に吸い込まれていく。

角を折れて道頓堀川へ下ると、空がぐっと広がった。川面は鈍い色をしているが、風が撫でるたびに薄い光が走る。黄色い観光船が橋の下に滑り込む。巨大な観覧車、ドンキの顔の人形、壁いっぱいの看板。どれも声が大きい。ここでは色も音も、遠慮という言葉を知らない。

戎橋に上がると、人の流れがいっそう濃くなる。外国語が泡のように弾け、笑い声がすぐ別の笑い声に呑まれる。グリコのランナーは相変わらず両手を上げ、勝利の瞬間を延々と伸ばしている。川風が汗を乾かし、腹が静かに主張を始める。

太左衛門橋の木肌は、手すりに触れただけでこの街の年月を伝えてくる。欄干越しに覗くと、黄色い船が反転して遠ざかっていく。

水と人と看板の距離が、ごちゃごちゃのまま均衡している。大阪は、整理しないことで息をしているのだろう。

川辺の喧噪を離れ、法善寺横丁に足を入れる。石畳が急に細くなり、赤い提灯が昼でも灯りを求めている。油と出汁と、遠くで焚かれた線香の混じる匂い。ここでは声が少し低くなる。舌の準備はもう整っている。短い三十分、食いだおれの核心に触れにいく。
金久右衛門

どこも人で溢れかえっている道頓堀。席が空いている店なんてあるのか不安になるが、金久右衛門の中を覗き込むと空席。
外国人が表の食券機で戸迷っていると、店主が外に出てきて、先に僕を中に案内してくれた。「クレジットで支払いたいんですけど」と言うと、「大丈夫やで。先に注文、ききましょか」と言って、クレカを預かり、代わりに決済をしに、外へ行ってきてくれた。

店内に掲げられた「一期一會」の書。その文字は単なる飾りではなく、ここに息づいている。見知らぬ客を自然に迎え、支払い一つにも心を添える姿勢に、言葉よりも深い説得力を感じた。店は小さく、照明は控えめ。だがその静けさが、湯気立つ丼をいっそう際立たせていた。

注文したのは「大阪紅」。紅醤油の名にふさわしく、深みのある色をしたスープが丼を満たす。濃口と薄口の調和が舌を撫で、醤油の切れ味の向こうに、どこか人懐っこい甘さが顔を覗かせる。選んだのは迷わず太麺。歯を押し返すような力強さと、スープを抱き込む柔らかさを兼ね備えていた。ネギの青さ、半熟卵のやさしい橙色、脂の輪郭をもったチャーシュー。どれも主張しながらも、最後には「紅」の名のもとに収束していく。
一口目で、懐かしさが胸を突いた。12年間、新宿で食べ慣れたラーメンの記憶が頭を過ぎる。それは一時の仮の居場所だったのだと悟る。DNAに刻まれた味覚が求めていたのは、この醤油の輪郭、この太麺の重み、この土地の人情だった。スープを最後の一滴まで飲み干したとき、空になった丼の底に、ただひとつの実感が残った。関西に帰ってきてよかった、と。
夫婦善哉

ラーメンの余韻がまだ喉に残っている。だが、道頓堀で「食いだおれ」と口にする以上、ここで終えるわけにはいかない。足は自然と法善寺横丁へ向かう。石畳の路地を抜けると、赤い提灯が昼でもくっきりと揺れ、夫婦善哉の暖簾がこちらを待っていた。
正午の横丁は、まだ食事処へ人が集まる時間。甘味処は静かで、席にすっと吸い込まれる。

注文してほんの一息、運ばれてきた膳は整然とし、時間の流れをぴたりと止める。大阪の「食いだおれ」とは、速さと余裕が同居する矛盾の美学だ。二軒をはしごしても、まだ時計は半回りもしない。

冷やし善哉の椀に箸を伸ばす。名に「冷やし」とありながら、舌を刺す冷たさはなく、むしろ常温の穏やかさが身に沁みる。小豆の甘みはさらりと広がり、白玉はすべすべとした肌を持ち、すぐに溶け込む。添えられた塩昆布を口に含むと、善哉の甘さが一瞬で深みを増す。甘と塩、その間に漂うものが、昼の大阪の空気を映している。
ラーメンで満たされた腹に、善哉が静かに句点を打つ。それは終わりではなく、むしろ物語の余白を豊かにするピリオドだった。食いだおれとは満腹のことではなく、街と人と味を、限られた時間にどこまで抱きしめられるかという試みなのだ。
道頓堀の思い出
道頓堀の名店
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法善寺横丁の喫茶店
ぬくもりを感じるアイス
130円の大阪のご馳走
やさしき出汁の記憶
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昭和が香る大阪の喫茶店
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浪速の胃袋
喫茶文化を守る高級カフェ
道具屋筋うどん
ちゃあしゅうの王様
最強ホルモンらーめん
喫茶オランダ
谷九の純喫茶
食の憶い出を綴ったエッセイを出版しました!

『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。