
金久右衛門(きんぐえもん)という名は、道頓堀によく似合う。創業は1999年7月、比較的新しい存在だが、大阪のラーメン文化を語る上で欠かせない存在に成長した。

道頓堀店は2011年末にオープン。ラーメン激戦区の中心にありながら、深夜も営業し続け、金曜から日曜、祝前日は24時間営業というありがたい店だ。観光や飲み帰りの人々、あるいは朝ラーメンを求める人にとって心強い一軒である。

創業者・大蔵義一氏は異色の経歴を持つ。小学校から高校、専門学校を経て運輸省港湾局に入省するも、30歳で退職。「一国一城の主になりたい」と飲食経験ゼロのままラーメン店を始めた。

当初は「いらっしゃいませ」と言ったこともなく、皿洗いもフライパンの振り方も知らず、包丁でネギを一本切るのが精一杯。そんな素人のラーメンは当然のようにお客様に怒られ続け、赤字は膨らみ、サラ金地獄に追われる日々となった。

さらに信頼していた従業員に売上を持ち逃げされ、2店舗を閉店し、本店1店で一人きりの再出発。そのどん底の瞬間に“天から降りてきた”というのが、現在の「大阪ブラック」のレシピだ。

濃口醤油ベースでありながら、見た目ほど重たくなく、むしろやさしい。大阪のコテコテ感に頼らないこの一杯には、苦労を重ねた店主の人柄がにじむ。技術よりも人間味が沁みるラーメン。職人の完璧な味もいいが、変人で人間臭い主人が作ったラーメンのほうが、なぜか深く心に残る。

看板メニューは「金醤油」「紅醤油」「大阪ブラック」の三本柱。中でも大阪ブラックは象徴的存在だが、最高は「紅醤油」。濃口・薄口醤油をほどよくブレンド。太麺か細麺か選べるが、迷うことなく太麺一直線。

あっさりと醤油のキレのバランスが完璧。この丼には、人情という調味料が生きている。やっぱりDNAが求めるのはコレ。この味。

そして、あっさりと澄んだ「金醤油」も忘れてはならない。出汁のやさしさは、まるで元旦のお雑煮を思わせる幸福感がある。朝ラーメンに選べば、やさしくなりたいときの心を包み込んでくれる。

ある日の道頓堀店。食券機の前で韓国からの観光客が困った表情をしていた。英語表記はあっても、「おつり」や「返却レバー」の表示は外国人には分かりにくい。1,450円のお釣りが出ずに困っていたところ、ボタンを押してあげると、笑顔で「ありがとう」と返ってきた。もっと外国人に親切なサービスがあればと思う一方で、こうした小さな交流もまた、この街の味わいだ。

金久右衛門は、2007年に食べログ全国ラーメンランキング1位を獲得し、一躍全国区へ躍進した。だが、その根底には、失敗と挫折を繰り返しながら一杯のラーメンに人生を懸けた店主の姿がある。ラーメンは丼という小さな世界の中に宇宙を生む。そこには人間ドラマが凝縮されている。
道頓堀の賑わいの中で食べる金久右衛門の一杯は、観光客にも地元民にも忘れられない体験となるだろう。大阪ブラックの力強さ、金醤油のやさしさ、紅醤油の華やかさ。それぞれの味わいに、大阪という街の多面性が映し出されている。
金久右衛門 道頓堀店。ここはただのラーメン店ではなく、苦労と情熱と人間味が詰まった物語そのものだ。
金久右衛門 道頓堀店の店舗情報
店名:金久右衛門 道頓堀店
住所:大阪市中央区道頓堀1-4-17
電話:06-6211-5502
営業時間:11:00~22:30(ラストオーダー 22:00)
定休日:なし
座席数:23席
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『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。