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食いだおれ白書

世界を食いだおれる

uto〜森下の真夏の夜の夢

東京都にある「森下」は江東区の深川にある1万人ちょっとの小さな町。特に名所もなく都民でも存在を知らない人が多い。俳優・寺島進の生まれ故郷。ジャージ姿でタバコを吸っているところを見かけ、前を通ると丁寧にお辞儀してくれた。めちゃくちゃカッコよく惚れ惚れした。森下は隠れ家的な飲食店が多く、あまり知られていないから、味が良くないとやっていけない。「森下のお店」というだけで、きっと美味いだろうなと期待してしまう。

uto,森下

2024年7月20日(土)、お世話になっている方の誕生日会がuto(うと)で開かれ初訪問。春夏秋冬で夏はいちばん食べ物がおいしくなく、逆に飲食店の実力が試される。おそらくutoは漢字で「烏兎」と書く。フレンチと和食の折衷だがガラスに描かれた龍と漢字から中国文化も合併。閑静な住宅街にあり、黒でシックな外観。初めて来る人は気づかず通り過ぎてしまう。

uto,森下

天然木のカウンター、モルタル調の床、壁はグレー。かなりシンプル。

uto,森下

フォークやスプーンも漆黒。食事が終わるまで変えない。一夜のパートナーとなってくれる。

uto,森下

チリワインのコノスルのように店内に自転車がある。コロナ禍で夫婦ふたりでオープン。旦那さんの料理に合わせて奥様がワインを選ぶ。真のマリアージュ。夏仕様で二人とも麦わら帽子をかぶり、店内はジブリの音楽が流れていた。

uto,森下

メニューは全9品。魚が中心で、ほとんど塩に頼らない。家系や二郎系に慣れたコッテリ舌の若者には物足りないかもしれない。濃淡も緩急も高低差も一枚の絵巻物のような構成。カットボールだけで勝負するヤンキースマリアーノ・リベラ。名勝負の予感がする。

【始】茄子、鮑

uto,森下

第一球。前菜の茄子、鮑。ビネガーやナンプラーのソース、上にキャビア、ダークチェリー。ナスの冷涼とキャビアの塩味が程よい涼しさ。スパークリングワインを合わせる。前菜にしては手が込んでいる。外角にはずのではなく、ど真ん中に勝負球を投げてきた。

【冷】鯵、冬瓜

uto,森下

2品目は鯵(あじ)、冬瓜。 旬の鯵を炙り、はちみつやクリームと和え、少しのバジルを添える。ペアリングのワインは南アフリカの白ワイン、シュナンブラン。フルーティーでなめらか。ワインの存在感が強いが主役の料理を讃えている。夫婦バッテリーの息はピッタリだ。帰って白ワインを買った。

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【蜆】甘酒 リ・スフレ

uto,森下

しじみの出汁のスフレ(お米)。甘酒。イカとアンチョビ、カラスミ。大葉などを和える。

uto,森下

なんとマリアージュは日本酒。三重県の『夏のブーリュ』フルーティーにして清流。甘いものと甘いもの。不適切にも程があると思いきや、見事なマリアージュ。一つ目の山頂。帰って早速、日本酒を注文した。

【温】帆立 玉蜀黍

【温】帆立 玉蜀黍,uto森下

ピークの直後にまた山頂が来た。今回の9品のヘッドライナー。ホタテと焼きもろこしにバターソース、バルサミコ酢などブレンド。甘味の聖域が口いっぱいに広がる。連続で甘いものを出す大胆さ、少しでもバランスを欠けば失敗する繊細さ。冷静と情熱が一体になった料理。

uto,森下

モンラッシェ型のワイングラス。あまり店でも見かけない。よほどワインが好きだとわかる。合わせるのはカリフォルニアのシャルドネ。ワイン名の『スペルバウンド』は「魔法の力で虜にする」の意味。スクリーミン・ジェイ・ホーキンスの『I Put a Spell on You』。お前を魔法にかけてやる。奥様の強気な攻め。どうやってワインを考えるのか訊くと、料理を食べた直感だという。凄い感性。ストレンジャー・ザン・パラダイス。このワインも注文した。

【肴】蛸 蔓茘枝

uto,森下

ここからは駆け足で。あとはウイニング・ラン。どのコースに投げてもストライクが奪える。タコとゴーヤ。豚ひき肉や松の実を和える。ゴーヤの苦味に合わせてオランダのオレンジワイン。一緒に食事したメンバーはこのマリアージュをMVPに挙げていた。

【魚】鱸 鳳梨 果物時計草

uto,森下

スズキにパイナップル(鳳梨)とパッションフルーツ(果物時計草)のソース。合わせるワインはオレゴン州のエボリューション。本来、スパイシーなエスニック料理に合わせるが、スタンド・バイ・ミーのような優しいマリアージュ。このワインも注文した。

【肉】夏鹿 杜松実

uto,森下

メインの肉料理は宮崎の夏鹿に万願寺唐辛子。ソースはバナナ、ジェニファーベリーのソース。赤ワイン初登場。主役は遅れて登場する。ここで分かった。この夫婦は、かつてのヤクルト・スワローズの石井一久古田敦也。夫の料理を讃えつつ、リードするのは奥様。カカア天下。

【〆】鱧 李

uto,森下【〆】鱧 李

〆(しめ)が冷麺。凛として花火。鱧(ハモ)、すもも、ミョウガを和える。アサリと鶏の出汁。黒オリーブを24時間乾燥させたもの。見事すぎてワインを忘れてしまった。

【甘】桃 扁桃

uto,森下,扁桃

デザートは白桃、紅茶のジュレ。アーモンドミルクアイス。24年熟成の貴腐ワイン、紅茶酒、アマレットが並ぶ壮観。一緒に食べた人は「甘いものは究極の麻薬。この味を知れば麻薬中毒者はいなくなる」と絶賛した。特に初めて飲んだ紅茶酒のなめらかさ、貴腐ワインの時を飲む喉越しはたまらない。

前半のワインは南アフリカアメリカ、日本とニューワールドで固め、後半にフランスの旧世界で締める。《鳥獣戯画》のような見事な構成力。次に来るのは12月の年末。夏は真逆の表情で魅せてくれる。どんな冬のマリアージュが待っているか。もう雪が見えている。