「奈良に美味いものなし」は世界七不思議のひとつ。三輪山そのものが御神体である故郷の桜井には美味しいものしかない。三輪そうめんが代表格。歴史が好きな者で桜井は避けて通れない。
大和は 国のまほろば たたなづく青垣 山ごもれる 大和し 美し
「まほろば」は最も素晴らしいという意味。歌の「山」は、三輪山や大和三山(耳成山・畝傍山・天香山)を指す。
三輪山を しかも隠すか 雲だにも こころあらなむ 隠さふべしや
近江に都を遷し移動をするとき、「愛しい三輪山を雲に隠さないでほしい」と悲しんだ歌である。三輪山はいくつもある《名山》とは違い、唯一無二の《神の山》である。
焼肉こよい
「焼肉こよい」は奈良県桜井市、国道169号線にある焼肉屋さん。1967年の創業。物心ついた頃から30年以上通っている。大学生になるまで野菜も魚も食べられない肉食獣だったのは「焼肉こよい」の影響かもしれない。ブラインド焼肉をしても、焼肉こよいの肉を当てられる。
暖簾の前に来たときから焼肉は始まっている。お店の外に香ばしい肉の匂いが漂う。ブラックホールのように肉の迷宮にいざなわれる。カウンターと椅子もあるが30年間座敷。ゴロゴロと寝転べるし、小さな姪や甥と走り回って遊べる。壁には相撲力士のサインと大和三山の絵画。
50年以上、焼肉の煙に炙られた頂点。今も女将さんの旦那さんが創業。2014年、僕が大学生のときに亡くなられた。今は女将さんと娘さんの二人で切り盛りされている。
はじまりはいつも塩タン。レモンだけかけて食べる。
いつも肉は盛り合わせ、お任せコース。好き嫌いないから、その日の美味しい部位を切り分けてくれる。
昔はロースとカルビしか食べられなかったが、今の一番のお気に入りはミノ。焼肉の部位ではハラミと並んで好きだ。
必ず注文する卵スープ。桜井のオアシス。
肉の油が口に回ってきたら日本一美味しいキムチの登場。大げさではなく本当に日本一美味しい。いつも大阪の鶴橋から仕入れてる。ここより美味しいキムチがあればコメントで教えて欲しい。帰省するたび、ここに帰ってくる。通う焼肉ではなく焼肉屋に帰る。
活魚・ちゃんこ 一語一笑
冬になると必ず行きたい、必ず食べたい塩ちゃんこがある。控えめに言って日本一。ちゃんこ•オブ•日本。桜井駅から584m。
活魚・ちゃんこ 一語一笑。「いちごいちえ」と読む。ステキな名前だ。店内に入ると生け簀があり、イキのいい魚が遊泳している。
邪馬台国があった奈良県桜井市。山がない大和の国に不釣り合いな活魚料理店。長年、敬遠してしまっていた。もっと早く行っておけばと悔やんだものである。
豪快な塩ちゃんこ鍋のほかに、繊細なふろふき大根も美味。
小さな子ども連れでも喜ぶメニューがいっぱい。太陽がいっぱい。4歳の甥も7歳の姪も大喜び。マカロニグラタン750円。
名付けて日本一の塩ちゃんこ。一人前2500円。函館・三重・岡山•舞鶴など全国の食材を集めた鍋。バランス、出汁の旨み、奈良でこんなに美味しいちゃんこが味わえるとは目から鱗が467個くらい落ちる。贔屓ぬきで、ちゃんこ•オブ•日本。
締めの雑炊400円まで完璧なリレー。パーフェクト・ゲーム達成の鍋料理。冬の訪れを待ち侘びて、今年も故郷へ帰る。
割烹・仕出し 桝谷
奈良県桜井市の冠婚葬祭は桝谷(ますたに)。ご主人は大の話好きで一度口が開くと止まらない。桜井市出身の芸人・笑い飯 哲夫と幼馴染で常連。結婚披露宴も桝谷で挙げた。大型バスもご主人自ら運転し送迎。法事のときにお世話になる。
広くて小さな子供や赤ちゃんがいても安心。
会席料理(基本コース)5,000円。
大勢の親戚が集まるとき、美味しい食を用意してくれる。
お肉もたっぷりで、お腹も満杯。
豪快から繊細まで。季節の変わり目を料理がおしえてくれる。
商品名は商標登録中だが、桜井市の天皇の名前の和菓子を創作。こし餡とサクサクの春巻き。熱々で優美な風味と食感。本物の三輪そうめんが消えていく中、新しい故郷の自慢。『割烹 桝谷』で召し上がれ。
味の風にしむら
奈良県桜井市のヘッドライナーが「味の風にしむら」。2012年、ミシュランガイド奈良に一つ星レストランとして紹介された。「奈良にうまいもん無し」と揶揄されるが、にしむらの料理を味わえば、そんなことは言えなくなる。
一方通行の多い路地裏で道に迷う。看板もなく、なんの目印もない白壁のアパートの一角のような場所に佇む。これでは迷うのも無理はない。
若い料理人の方が鰹節を削っていた。にしむらの日常の光景だ。「味の風にしむら」はカウンター10席だけの日本料理。昼夜10名ずつ、1日20人限定で和食をふる舞う。桜井で生まれ育った西村宜久さんが志すコース料理7品。ランチは5,500円。東京だと倍以上の値段がする。一品に使う食材はふたつ程度。ひとによっては簡素が物足らないかもしれない。お品書きもメニュー表もない。これが、にしむら。
一品目は蕎麦がき。蕎麦掻きとは、蕎麦粉を熱湯でこねて餅状にした食べ物。上には鮫皮のおろしですっていた生わさびが添えられる。ご主人の西村さんの実家はお鮨屋さん。そこでは粉ワサビを使用していたらしく、初めて生のわさびを食べたときは感動したという。強い旨味はないが、にしむらの温かさと姿勢を感じられる。これが本当の強さかもしれない。蕎麦つゆが何ともいえないやさしさをじっくりと醸し出す。第一幕から気分上々。
二品目は鱈の白子を焼いたお吸物。母親は初めて白子を食べるようで、これが一番気に入っていた。プリプリの食感と香ばしい焼きが絶妙の緩急。お椀の中でやさしさが漂流する。
三品目は炙った鰆(さわら)と山芋を柿ポン酢に和える。先月に残った柿を熟成させておき、ポン酢に。食品ロスと言ってしまっては軽い。食への志が垣間見える。大和の国で育ちながら、あまり柿を食べない自分だから余計に柿を使った郷土食が出てくれたのがうれしかった。大和の国のカラーは柿の色。
四品目は太刀魚の塩焼き。山に囲まれた大和人は海への憧れが強い。にしむらでは肉を出さず、海の幸や身近な野菜を提供するようだ。太刀魚の塩焼きだけでもあっさりした滋味を楽しめるが、炙った胡麻の香ばしさが援軍に加わる。大和の「風」を届けるにしむらには、香りが大切な調味料。最初に出されたおしぼりにも、ほのかな芳香だった。
次の料理に信楽焼きの土鍋窯が登場。漆黒の光沢が美しい。調理も味である。東京のミシュランの店は料理人同士の会話がカウンターで挟まるが、にしむらは無音。お客様との会話だけ。
五品目は一汁三菜。にしむらの魂、ちりめん山椒ご飯、香の物、味噌汁。ご飯はおかわり可能。お米は瑞々しく、適度な水分がある。お粥ほどではないが、炊き立ての食感。香の物は白菜と大根。浅漬けなのか、こんなやさしい漬けかたがあるのかと思うほど酸味が強調しない。漬物はこうであってほしい。いちばん気に入ったのが蟹の出汁のお味噌汁。澄んだ味噌のあとに蟹の旨味がフワッと薫る。まさに味の風。にしむらの料理は新海誠の作品に似ている。いつも見ている風景を見たことがない風景に変えるように、いつも食べている料理を一度も食べたことのない特別な味に変えてくれる。旨味を主張しない。
六品目は柚子の葛餅。プリプリ熱々。だが、火傷しない。葛を焼くのは初めて見た。香ばしさが冬の寒さをあったかさに変える。料理は食べると一瞬で消える。だが美しい料理は永遠であり、魂の源泉でもある。
七品目は煎茶。おちょこが可愛い。食材は引き算しながら、ひと手間を足し算。美味しさを主張せず、食材の奥から美味しさが引き立つのをじっと見守る。味の風にしむら。
【閉業】カフェ・ド・カレー スパイシー
残念ながら閉業してしまったが、母親のカレーを食べると思い出すのが地元・桜井市にあったカレー屋さん「スパイシー」。元フレンチのシェフだったオーナーが独立され、ご夫婦で営んでいた。十数種類のスパイスを独自にブレンドし、田舎町に似合わない高級感のあるカレー。そこがよかった。1,000円前後の価格も奈良の片田舎では珍しく、休日のご褒美でいてくれた。
場所は桜井商業という巨人にいた駒田徳広の母校のすぐ近く。車がないと行きにくい場所で、ご夫婦の静かな人柄といい、隠れ家というありきたりな形容が似合うお店だった。
父はいつもカツカレー、母親はシーフードカレー。僕や弟はチキンカレーや野菜カレーなど色んな種類をサーカスする。
当時、辛いものが苦手だった僕にとって「普通」より甘口の「マイルド味」があるのが助かった。今思えば、お店の名前と同じスパイシーなカレーも食べておけばよかった。2012年1月に閉店。ふるさとの誇りとして自慢できた数少ないお店だった。もう10年以上が経つ。時の流れは早いのか遅いのか。