愛染まつり。天神祭、住吉祭に並ぶ大阪三大夏祭り。だんじり祭りなど男のイメージが強い大阪で、愛染まつりの主役は愛染娘。聖徳太子の時代から1400年以上続き、勝鬘院(しょうまんいん)金堂の御本尊・愛染明王にあやかって「愛染さん」で親しまれる。
愛染まつりで浴衣をおろすのが地元の習わし。 その年、初めて浴衣をおろし、浴衣姿を愛染さんにお披露目。大阪の夏の訪れを告げる。
6月30日(金)
今朝も6時に目が覚めた。予報は雨だったが、天気は悪くない。せめて愛染まつりのパレードが終わる13時までは、と願う。
6時半にホテルを出て新世界を散歩。日差しが出てきた。通天閣から望む朝日で1日を始める。
珈琲専科 フーケ(モーニング)
朝が遅い新世界では珍しく、6時から営業している。この界隈で一番の早起き。新世界通天通りに佇む珈琲専科フーケ。「珈琲専科」の響きが麗しい。あとでフーケの意味をたずねてみよう。女将さんが観葉植物に水をやっていた。店内はエンヤの癒し音楽が流れている。
お客さんは年配の男性ふたり。黙々と新聞を読んでいる。関西弁の喧騒はなし。とても閑かなモーニング。カウンターに腰を下ろし、新世界の風景を眺める。
煉瓦造りのレトロな内装。法善寺横丁にある『アラビア珈琲』に似ている。まだ目が覚めない眼にやさしい。
サイフォンで淹れた珈琲、分厚いトースト。ゆで卵は、茹でたてアツアツ。常連のお客さんが次々と入ってきて店内が騒がしくなってきた。食べたら一見さんは退散しよう。お勘定の430円を払い、店の名前の意味をたずねる。
「フーケ」はフランス語でフォークのことだが、パリのエッフェル塔の近くに同じ名前のカフェがあるらしい。通天閣は大阪のエッフェル塔なので、そこから名前をとった。
外に出ると日差しが強くなっていた。今日も新世界は明るい。
串かつだるま 新世界総本店
帰ってシャワーを浴び、少し仕事。昼からは愛染まつり。その前の腹ごしらえ。通天閣本通商店会にはマドンナの『Like a Virgin』が流れていた。この街に合う旋律。愛染娘が主役の祭りにぴったりだ。
昨夜「ぎふや」で串カツを食べて完全に口が串カツになっていた。夜のほうが雰囲気はあるだろうが、昼も串カツを食べたい。70店舗以上が軒を連ねる新世界で最も有名な串カツ屋が「だるま」
新世界だけで4店舗、大阪・京都を合わせると全部で16店舗もある。
「だるま」の歴史は昭和4年(1929年)にはじまる。当時は「だるま」ではなく「たこ菱」の屋号。 高価な牛肉を気軽に食べて欲しいと、牛肉を串に刺し、衣で揚げたことから串カツは歩き出した。本店は新世界の中央通りにひっそりと佇む。今では通天閣店やジャンジャン横丁店が目立っている。少し小雨が降ってきたが傘はいらない。11時の開店前に、1人の男性客が並んでいた。
総本店はカウンター12席だけと新世界で最もミニマム。そこがいい。古き良き匂いを残してくれる。
注文したのは串カツ9本に、どて焼きがつく「新世界セット」1,600円。どて焼きは牛すじ肉を味噌やみりんで煮込んだ大阪の郷土料理。織田作之助の『夫婦善哉』では豚の皮を煮込んでいた。
串カツのベストナインは曲者揃い。
・元祖串かつ
・天然エビ
・キス
・レンコン
・もち
・紅しょうが
・鶏つくね
・赤ウィンナー
・アスパラ
特に餅がたまらない。思わず唸ってしまう。カウンターだけの静かな総本店にしてよかった。創業当時はは1本1銭。メニューは牛串・じゃがいもの2種類だけだった。ベストナインにプラスして「ジャガイモ」130円も頼む。これを食べないと串カツの物語ははじまらない。新世界で食べている空気もプラスしているのか、串カツがこんなに旨いとは思わなかった。いろんな串カツ屋があるが、次も「だるま」に帰って来るだろう。コーラ250円と合わせて、お会計は2,822円。贅沢なランチ。
愛染まつり
愛染坂
天王寺七坂のなかでも愛染坂は少しわかりにくい。松屋町筋を路地裏に入り、道なりに曲がると愛染坂の立て看板が目印になる。少し登れば、そこに愛染堂がある。
愛染堂の歴史は593年と古く、聖徳太子によって建立された。当初は「施薬院」。平安時代に空海によって密教が伝わると、金堂に愛染明王が本尊として奉安され、愛染堂や「愛染さん」と親しまれれるようになった。
時刻は正午すぎ。みんな愛染娘の到着を待っている。入り口の売店では美人祈願の御守り1000円が売っていた。美人祈願とは面白い。
多宝塔の前のステージでミス愛染娘を決めるコンテストがある。けど今年はなし。残念。
宝恵駕籠パレード
その頃、宝恵駕籠パレードが行われていた。天王寺公園を出発し、あべのハルカスから谷町筋を登ってくる。
愛染堂を飛び出し、パレードを見に向かう。1.5キロの道のりを祭囃子が彩っていた。
宝恵駕籠(ほえかご)は西日本の神社周辺で掛け声をかけながら駕籠を担いでまわる行列のこと。勇ましい男衆が女性を運ぶ。
元々は今里新地の色町の芸妓衆が駕籠に乗って参詣したのが「宝恵駕籠(ほえかご)」の始まり。いかにも天王寺らしい、女の祭り。
今年の愛染娘は9人。愛染かつらの花で飾られた凛々しい宝恵駕籠に乗って愛染堂に向かう。
「愛染さんじゃ、ほ〜えか〜ご、べっぴんさんじゃ、ホ~エカゴ、商売繁盛、ほ〜えか〜ご」の掛け声が谷町筋にこだます。沿道では多くの年配や円安に背中を押された外国人観光客がシャッターを押す。豪華絢爛。不景気や暗い時勢を吹き飛ばす。
駕籠上げ
多宝塔のピンクやオレンジの紫陽花も愛染娘の到着を待っている。
13時に宝恵駕籠が到着。司会は昨年の愛染娘。シックな浴衣が麗しい。
愛染娘が一人ひとり挨拶。ここで本名と意気込みを発表。
雨が少し降ってきた。愛染まつりの期間中は「愛染パラパラ」と呼ばれる小雨が降る。愛染まつりの道中で小雨に当たると結ばれる言い伝えがある。雨は恋人を結ぶ赤い糸。新海誠の『言の葉の庭』のようだ。
メインイベントの駕籠上げ。担ぎ手衆が宝恵駕籠を高々と担ぎ上げ、去年の愛染娘が掛け声をあげる。
「愛染さんじゃ、ほ〜えか〜ご、べっぴんさんじゃ、ホ~エカゴ、商売繁盛、ほ〜えか〜ご」
9人の駕籠上げが終わると、大阪締めで残り半年の無病息災と商売繁盛、そして愛嬌開運を願う。
夏祭りは元気玉。町には必要だ。いつまでも絶えないでほしい。
普段は目にすることのできない愛染明王にご対面。このあと「夏越しの大祓」の祈祷が15時からある。
駕籠上げの美しさ。映画『シザーハンズ』でジョニー・デップが創る氷の吹雪の中、恍惚に舞うウィノナ・ライダーのアイスダンスのよう。
この瞬間が冷却され、一瞬が永遠になる。あの駕篭上げは一生忘れないだろう。雨はすぐやんだ。令和5年の愛染パラパラは通り雨だった。
6月30日(金)祭りのあと
8年ぶりに復活した愛染まつりの露店が16時以降らしいので、ホテルに戻る。また明日だ。けど小腹が空いたので15時のおやつを食べよう。
ジャンジャン横丁は大正時代から続く商店街。呼び込みの三味線の音がジャンジャン響いたことから名付けられた。せま〜い商店街に古き店が並ぶ。
新世界といえば阪本順治の映画『王手』。路上の将棋。地元の人より外国人観光客が多いか。
千成屋珈琲
お目当てはここ。昭和23年の創業。ミックスジュース発祥の店。子どもの頃から母親が学校帰りに作ってくれた。ミックジュースが栄養素。成長剤。
千成屋珈琲は初代店主(恒川一郎氏)が果物店を創業。果物を独自の配合でミキサーにかけてジュースにしたのがはじまり。すぐに地元客の評判になったという。喫茶店になったのは昭和35年。ミックスジュース発祥の店として有名になった。
うれしいのが初代通天閣の写真が並べられていること。今の2代目も素晴らしいが、初代通天閣にはかなわない。現代に戻れなくていいから過去に行けるタイムマシンがあれば迷わず初代通天閣を見に行く。
ミックスジュース750円とレトロプリン600円をオーダー。ジュースとプリンともに甘すぎず、やさしい。店内のレトロな雰囲気と合わせて味がある。
喫茶ドレミ(夕食) クーポン
ホテルに戻りシャワーを浴びたら夕食の準備。行ってみたかった喫茶ドレミが18時に閉まる。17時過ぎに入店。通天閣の足元にあり、観光客が多い。いつも店内はいっぱい。
喫茶ドレミは1967年の創業。喫茶店になる前は亡くなった前店主が「ニューワールド写真館」を営んでいた。そのときの看板が外壁に残っている。ママさんと呼ばれる店主の山本さんや息子さんがとても気さくらしいが、今はアルバイトの方が忙しく動き回っている。これも時代の流れ。外が見える窓際の席が心地いい。
最後の晩餐はカレーを注文。生卵がポンと真ん中にはってあるのが関西っぽい。魔法のランプのようなグレイビーボートにルーが入っているのがオシャレ。
名物は分厚いホットケーキ。昔ながらという感じ。そそくさと食べて退店。
新世界東映
新世界の最後の夜は映画で締めたい。一眠りして21時30分にエビスホテルを出る。外は小雨。一部の串カツ屋さんが開いていて観光客もチラホラ。
20時で仕事を終えた通天閣も一休み。これから工事が始まるようだ。ご苦労さまです。
オールナイトの映画館は味がある。受付のおっちゃんの愛想がいい。接客がいいと気分上々。新世界東映の扉を開けるには、隣の日劇シネマ(成人映画館)を通る。ドアの前でも喘ぎ声がいつも聴こえる。つい覗きたくなる。
金曜の夜、観客はおじいさんばかり。完全に人生を終えきれない高齢の方々。床にはゴミが散乱し、寝るために来てる人もいる。フィルムの音がカタカタ。これぞ映画館。大好きな雰囲気。一度、映写機を見せてもらいたい。
本日のラインアップは『日本女俠伝 真赤な度胸花』。藤純子主演。高倉健さんとの共演。監督は『鉄道員』の降旗康男。北海道の広大な大地で西部劇よろしく馬を乗り回し、ショットガンを乱発する。アメリカ映画への憧れ。今観るとズッコける内容だが映画は憂さ晴らし。ぶっ飛んでるほうがいい。高倉健さんの存在感がエグい。これは現代人では無理。70年代バンザイ。
驚いたのは2本目に観た『木枯し紋次郎 関わりござんせん』
菅原文太が主演の木枯し紋次郎シリーズの第2弾。1972年9月公開。監督は中島貞夫。共演は市原悦子、田中邦衛という超曲者。超のつく名優。このキャスティングがトラ・トラ・トラ。幼い頃に生き別れた姉と(市原悦子)との再会。しかし、女郎宿に勤め、かつて命を救ってくれた姉の姿はない。義理をとるか今をとるか。木枯し紋次郎の生き様が浮き彫りになる。素晴らしいテーマ、練り込まれた脚本。これぞ任侠映画の最高峰。感動で拍手したくなった。
日付が変わった通天閣。灯りがついているのは工事中。銀幕に投影される光とともに、大切な新世界の街の灯。いつまでも永く照らし続けてほしい。9月の工事の完成が楽しみだ。
7月1日(土)
最終日。いつものように朝6時にホテルを出て散歩。小雨が降ってはやむ。ややこしい天気。
喫茶ブラザー
ホテルの目の間の喫茶店。双子の弟がいる自分にはピッタリな店名。8時に行くが9時からと言われる。
9時半にリベンジ。雨は降っていない。シックな内観。これは落ち着く。大学生くらいの若い女の子が働いている。店内にはウエストサイド物語の『Tonight』、風と共に去りぬ『タラのテーマ』など映画音楽が流れている。朝の贅沢な時間。
ブラザーは香り高い珈琲が自慢とのことだが、最後なのでレモンスカッシュを頼む。夏はミックスジュースとレモンスカッシュ。関西では「レスカ」と呼ぶ。女の子が「レスカひとつ」とカウンターにオーダー。自分でシロップを足して飲む。甘いほうが美味しい。どんどんお客さんが入ってきたので、飲み干すと退店。マスターが驚いて「ゆっくりしていってな」と声をかけられる。女の子も申し訳なさそうに店外に出てきて「またお越しください」。11月に来るときは、ゆっくり珈琲を頂こう。
新世界かすうどん恵美須屋本店
ホテルでチェックアウトを済ませ、ホテルの隣の『恵美須屋本店』へ。9時45分から営業してくれている。
かすうどんは、天ぷらの天かすではなく、牛肉の油かす。南河内の郷土料理。
かすうどん定食900円。お通しが美味しい。大阪はうどん文化。あと何度か食べに来よう。
愛染堂
4日間お世話になった新世界を離れる。素晴らしい体験を頂いた。次は11月。通天閣のお色直しも終わり、新ライトアップが楽しみ。
愛染坂は静か。女の子と男の子が走っていた。
露店は夕方からの様子。残念。また来年も来よう。人生は宿題があったほうが面白い。
人の少ない愛染堂。入り口では今年の愛染娘が参拝客をお出迎え。本来なら7月1日の夜は愛染娘たちが各自の隠し芸や一発芸(書道・カラオケ・チアダンス・手品など)を舞台上で披露。ミス愛染娘を決定する愛嬌コンテストがある。今年はなし。来年こそ復活してほしい。谷町筋を北上して谷町九丁目から上本町駅へ。
珈琲BOX
旅のフィナーレ。一度は上本町まで来たが、このまま帰るのも寂しい。上本町の中学高校に6年間、通いながら谷九を開拓したことがない。前に来たとき気になっていた「BAROQUE」に行ってみる。「Coffee Box」がカッコいい。純喫茶、カフェなどあるが、珈琲専科や喫茶館などネーミングが見事。
しかも入口に近づくとエルヴィスのポスターが。まさかエルヴィスのファンか?これは期待できる。
入り口のそばにエルヴィスのポスターや写真。これは68年12月3日にNBCの放送でカムバックを遂げたときではないか。「ギブソン・スーパー400」のエレクトリックギターを持っている。
この置物はたぶん、1970年にラスベガスで『Suspicious Minds』を歌った晩年のものだろう。
若き日のエルヴィスの写真。この頃が最もカッコいい。
「エルヴィスがお好きなんですか?」と女将さんに訊くと、先代のお母様がファンで後援会まで作っていたらしい。残念。エルヴィスのトークに花を咲かせたかった。エルヴィスでは『The Yellow Rose of Texas』が一番好きなのだが同志がいない。ロックではなくカントリーが最高だと思っている。
タイガー珈琲のレトロな器具。
珈琲の器が美しい。ブラックでもミルクを入れても美味しい。ロックやバラード、ブルースやカントリーまで音楽の幅が広いエルヴィスのようだ。
喫茶店ではナポリタン(大阪はイタリアン)が定番だが、カルボナーラは珍しい。1500円といい値段がするランチだが、バターを塗ったバケットが美味しい。谷町九丁目はこれからも研究しよう。