食いだおれ白書

世界を食いだおれる。世界のグルメを紹介します。孤高のグルメです。

道頓堀〜初春の色彩

初日 3月15日(水)

梅の季節に来たかった。沈丁花に逢いたかった。年末年始もミナミに来たが、有給とワーケーションを使って弥生の道頓堀に帰ってきた。

3月15日、水曜日。夜明け前の5時45分、10時間の深夜バスに揺られ難波に到着。昨日からマスク着用義務がなくなり、車内でも悠々自適に過ごせた。ようやく令和の日本が明けた。まだ御堂筋は眠っている。南の空には下弦の月が出ていた。

戎橋もあと数時間で溢れかえる。前に来たときよりもゴミの散乱がひどい。コロナが明けて観光客が押し寄せているのだろう。

雲ひとつない快晴。金龍ラーメンの誘惑に後ろ髪が引かれるが我慢。夜行性の金龍ラーメンが本領を発揮するのは深夜。

6時35分、相合橋からの朝焼け。道頓堀を緋色の光線が祝福する。

あっという間に空がシーブルーに変わった。お天道様も道頓堀の喧騒を迎え入れようとしている。食いだおれも戦闘開始。

早朝飯:白寿

作の作、神座、一蘭、花丸軒。どれにしようか散策しているとホルモンラーメンの店を見つけた。ホルモンらーめん?2回も道頓堀に来ているが、全然気づかなかった。朝からホルモンか。夢と脂肪に満ちたスタートにふさわしい。道頓堀の食いだおれは朝ラーメンと相場が決まっている。24時間営業のラーメン屋がコンビニより多いから仕方ない。誘惑には逆らわない。

『白寿』の「赤ホルモン」は甘みの効いた牛骨出汁、コシの強いストレート麺、コラーゲンたっぷりぷりぷりのホルモン。なんてこった。道頓堀ナンバーワンの味。こんなん新宿にあったら都庁から歌舞伎町まで行列できるぞ。店内に流れるKing Gnu『白日』が至高の調味料。

モーニング:喫茶オランダ

朝ラーメンが終われば朝のコーヒー。"喫茶店の街"と呼ばれる大阪のミナミも、朝7時に営業している早起きは少ない。ググると「オランダ」がヒットした。なぜオランダ?道頓堀から南に歩き、なんさん通りの路地裏に昭和25年(1950年)創業の純喫茶がある。

江戸時代にオランダを通して西洋文化が広がったように、多くの人に珈琲の美味しさを知ってもらいたいから店名を「オランダ」に。素晴らしい感性。

シックなブラウンの内装に、ちょっとリッチな赤の椅子。店内に流れるテレビのワイドショーはWBCを特集していた。

店主の山田さんの元気で明るい声。常連さんが入ってくると「おー、おはようさん!」と明るさが増す。朝から気持ちいい。生まれも育ちも日本橋。一杯380円の「自家焙煎ブレンド珈琲」は先代の父に鍛え抜かれ、味が悪いと給料から380円引かれた 。ご主人は超絶に明るいコテコテ大阪人だが、珈琲を淹れるときの鋭い眼が修行を物語る。厳しい土壌で育ったからこそ、やさしい珈琲が生まれる。

東京のひとは知らない大阪のジュース「キューピット」。関西ではメジャーな コーラのカルピス割り。コーラの炭酸のキレは殺さず、カルピスの甘味が援護射撃。シンプルだけど、割合のバランスが難しい。「みっくすじゅーす」と並ぶ大阪の喫茶店の逸品。夏も来よう。

天王寺・学園坂

午前十時の映画祭まで時間があるので先に天王寺七坂へ。前回は七つ坂すべてを回ったが、今回は脇目もふらず学園坂を目指す。ここに沈丁花が咲いている。

松任谷由美の『春よ来い』で大好きになり、この花を見るたび亡くなった登山家を憶いだす。瞼とじればそこに  愛をくれし君の なつかしき声がする

トーホーシネマズなんば

日本の映画興行発祥の地TOHOシネマズなんば。25年前は南街会館だった。その南街会館の前身である南地演舞場は、1897年(明治30年)2月15日にフランスのリュミエール兄のシネマトグラフが上映された。この上映会は入場料を接収した日本で初めての映画興行。だから南街会館が映画興行発祥の地とされている。清風高校の帰りにスタローンや名探偵コナンを観に来た思い出の場所。

WBCに熱狂したせいで映画を観る気力がなくなったが、阪東妻三郎は別。映画は暗闇の芸術、銀幕はプラネタリウム。輝く星(スター)を観る場所。スタローンも阪妻も、ただ走る姿だけで観る者の人生を動かす。来てよかった。この地で阪妻を観てよかった。

高津宮

ホテルのチェックインは15時から。まだ2時間以上ある。高津宮(こうづぐう)は母校・清風学園の近くで梅の名所。

古城、南高梅、甲州小梅など紅色、白色、桃色の9種類の梅が咲く。

厳冬の季節に咲く梅はいちばん好きな花。もう見頃は終わって、これから桜に襷をわたす。花の駅伝がはじまる時期。

最後まで眼を楽しませてくれるのが摩耶紅梅。桜と見間違う鮮やかなピンク色。

どんなに厳しい気候であっても、雨が降ろうと風が吹こうと、梅は文句ひとつ言わず、快晴の空を待って元気に咲いている。散る前に来れてよかった。

昼食:茶珈

高津宮まで来ると急に飲食店の数が少なくなる。高津宮の隣にある創業43年『茶珈』。喫茶店ではなく、喫茶館のネーミングがいい。

茶珈(チャコ)の店名も可愛い。女将さんが歳をとっても、店の名前だけは可愛いままでいようとつけた。なんと素晴らしい。

ここでもテレビはWBCの特集。日本中が熱狂しているのがわかる。

焼きそば定食が美味すぎて女将さんに伝えると、なんと奈良の明日香村のお米。みんな、お代わりしていくという。女将さんも大和の生まれ。故郷・桜井市の隣町の宇陀の出身。思わず話が弾む。 「桜井のひとも、よう来はるんよ」。奈良の発音は、ちょっと大阪と違う。それがいい。夏も来たい。

理髪館

ホテルのチェックインまで、いつもの相合マッサージをしようか迷ったが、難波駅の前にある理髪館へ。「旅先で床屋へいけ」は水曜どうでしょうの流儀。どうでしょう軍団としては、掟を破るわけにはいかない。2,000円で髭も剃ってもらえてスッキリ。次も来よう。

夕食:麓鳴館

ホテルで昼寝をしたら、日が暮れかかっていた。絶対に行きたかった店の一つ麓鳴館(ろくめいかん)へ。単騎、心斎橋を走る。

大宝寺通りを北に入った横丁に1974年創業の喫茶店『麓鳴館』は佇む。

煉瓦造りとアンティークな内装。ボヘミアガラスや多くの洋酒のボトルが並ぶ。女将のシゲ子さんはいい趣味をしている。

「好きなレコードかけてくださいな」と促され初挑戦。針の扱いが繊細だと知らず、「そのやり方じゃ壊れてしまうのよ」と、やさしくレクチャーを受けた。

店のカウンターには食材が並ぶ。これもインテリアのひとつ。

『麓鳴館』は、具沢山の麓鳴館カレーと女将のシゲ子さんとの会話が名物。欧風カレーと、日替わりで提供されるシゲ子さん特製のニンニクの芽、そして苦労してかけたレコードのBeatlesの相性が完璧だった。

Beatlesを聴きながら一服。黒砂糖がおつまみで、砂糖をかじりながら珈琲を嗜むのが麓鳴館のおもてなし。ステキな夕食だった。

夜食:純喫茶アメリカン

初日から歩き回ったせいで疲れが出た。闇夜が道頓堀の喧騒を包み込む。明日はワーケーションで1日仕事なので今日は早めに寝よう。その前に純喫茶アメリカン。今日4軒目の喫茶店。

小学生の頃、ご褒美のひとつがティラミスだった。たまに母親が買ってきてくれると子犬のようにワンワン飛びついた。その名残から今でも「まいばすけっと」でご褒美に買うが、アメリカンではマスカルポーネをたっぷり使う。高級チーズケーキを食べているよう。そこら辺のティラミスとは一味も二味も違う。ごった煮の道頓堀で気品を保っている数少ない喫茶店だ。

2日目 3月16日(木)

2日目も道頓堀の日の出と一緒にスタート。企業戦士のワーケーションを祝福してくれる。贅沢な働き方ができる世の中になった。

昨日の天気を巻き戻ししているかのよう。朝ラーメンを食べたら、ホテルでWBCのドミニカvs.プエルトリコ戦をチェックしながら仕事。19時からは言うまでもない。 今日も野球雲の見える日。

朝食:作の作

「大阪行ってらっしゃいキャンペーン」で1日2,000円のクーポンがもらえる。使える店が限られるので、自然とチョイスはキャンペーン対象店になる。去年の夏も来た「作の作」。しかし名物を食べず普通のラーメンにしてしまった。復讐するは我にあり。

『作の作』の名物「浪花とんこつ肉バカ」。九州人には物足りないかもしれんが、見た目に反してクセのないマイルドなとんこつ出汁。アクの強い大阪人が作るから不思議だ。

1枚1枚が薄いので全然余裕。

浪花とんこつの真髄

昼食:アラビヤコーヒー

ホテルで仕事してると、締め切りに追われる小説家の気分。息が詰まって仕方ない。その分、外に出たときの解放感がハンパない。懲役15年からシャバに出た囚人のようだ。日本でいちばん好きな喫茶店「アラビヤコーヒー」 のマスターは大阪人とは思えない丁寧語。だが野球の話題は別。大谷翔平のパーカーを着てる僕に「WBCカッチリ応援してまっせ!今日は大谷でしょ。絶対勝ちまっさぁ!」と意気込む。今は18時閉店だからゆっくり観れるようだ。

ピザトースト、アラビアコーヒー、チーズケーキのランチ。どれもクオリティが高い。丁寧に焼いてくれる。「アラビア珈琲」はハニートーストが一番だ。ホットケーキも美味しいらしいから、次回チャレンジしてみよう。

会津屋

やはりホテルの缶詰はキツい。北斗の拳のカサンドラ監獄じゃあるまいし、とても仕事なんてやってられん。15時のおやつを買いに難波ウォークへ。

たこ焼き=会津屋。異論は認めない。大阪に来て会津屋に行かないのはタイタニックに乗って帆先で両手を広げないのと同じ。高校生の頃から20年以上お世話になりながら、塩焼きそば&お好み焼きがあるなんて知らなかった。一途なのも考えもの。人間には浮気と不倫が必要だ。特に塩焼きそばは絶品すぎて、たこ焼きの存在を消すほど。主役を食ってしまう脇役。これはヤバい。次回から、たこ焼き&塩焼きそばの青春アミーゴ確定。

3日目 3月17日(金)

ワーケーション2日目。先日までと違い、絵に描いたような曇天。今夜は雨が降るらしい。艶をまとう道頓堀も楽しみだ。

朝食:丸福珈琲店

パリにムーラン・ルージュがあるように、道頓堀には丸福珈琲店がある。侍ジャパン観戦は疲労度が他のスポーツの3倍なので翌朝は寝坊してしまう。ホテルから徒歩1分、ウサイン・ボルトなら9秒で行ける距離に喫茶店があるのはありがたい。

食いだおれ3日目の朝は珈琲とカレートースト。これも美味だが、やはり朝は普通のトーストがいちばん。

大阪喫茶の原点

3時のおやつ:大たこ

ホテル缶詰から大脱走して道頓堀川の手前の「大たこ」へ。昭和47年(1972年)創業。道頓堀のタコ焼き発祥の店らしい。まあまあ並んでる。暇な人が多い。人のことは言えんが。

削り節が踊っております。これも悪くない。会津屋に飽きる日が来るとは思えんが、そのときはお世話になります。

夜の帳がおりて19時に仕事を終えた。外は雨。艶の化粧をした道頓堀は雰囲気がある。観光客が溢れすぎている。お目当ての店が全部いっぱい。これが本来の道頓堀なのか。おそらくコロナ前より人が多いだろう。宗右衛門町の『夜明け寿司』は次回に持ち越し。

晩飯:いなの路

宗右衛門町から道頓堀をしらみ潰しに歩いたが、どこも満席。外は行列。よく雨のなか傘をさして並ぶ。どんな根性や。晩飯難民になってしまった。いよいよテイクアウトで何か買って食べるしかないと諦めかけたとき、ホテルから徒歩1分未満、ボルトなら世界記録の場所に『いなの路』があった。2022年9月のコロナ禍にオープン。

大阪うどん『いなの路』。以前はグランド花月の前にあり『信濃そば』という名前で50年以上続いた。2階はテーブル席、1階はカウンター5席のみ。ダウンタウンの浜田が肉うどんを愛し、今ではお客さんのほとんどが頼む。カツオと昆布の出汁に、すじ肉の旨味と甘みが溶け込む。うどんも青ネギも出汁と一体化。コシやシャキシャキ感は求めない。それよりも味。1個130円の塩むすびは握ってから塩を振りかける。いなの路の「おにぎり検定」をクリアした人だけが作れる。

ミナミは人情がコッテリ、味覚はあっさり。「めっちゃ美味かったっす」と伝えると「めっちゃうまい頂きましたあ!」「ありがとうございまーす!」と店員さんのシュプレヒコール。これぞ大阪の味と空気。次回は松本人志の愛した「きざみそば」650円を頼む所存だ。

夜食:丸福珈琲店

食いだおれ最終夜も丸福珈琲店。朝と夜のダブルヘッダー。

昭和初期に流行ったヤライ柄のグラスに淹れた冷コー、20分以上かけて銅板で焼いてくれたホットケーキ 外サクサク、中ふわふわ。店内に流れる『エデンの東』とよく合う。丸福珈琲店はこのセット。これまでも、これからも。

最終日 3月18日(土)

早朝飯:白寿

大和の実家に帰る日。WBC狂想曲は決勝ラウンドに入る。最終日の朝ラーメンも『白寿』

初日の「赤ホルモン」ではじまり「白ホルモン」で締める。出汁の旨みを吸収した細麺、具はシャッキシャキの長ネギ、ぷりっぷりのホルモン。食べ終わっても湯気が出てる。 お客さんも店員さんも20代の若い店。

大阪でいちばん。ヘビーローテーション確定。

モーニング:丸福珈琲店

映画の前に丸福珈琲店。4日間で3回目。振り返れば奴がいる。

朝の一杯はカフェ・オ・レ。ナンダカンダ叫んだって普通のトーストがいちばんの贅沢。次の夏はどんなモーニングが待っているか。

ブランチ:英國屋

食いおさめは英國屋。ここはワッフルが絶品。だが映画を観たあとはパフェで締めたくなる。

パフェはフランス語の「パルフェ(完璧)」が語源。阪妻の『無法松の一生』はGHQの検閲のせいで酷いツギハギの映画だが、完璧にリメイクされた三船版の100億倍も心を打つ。人間も人生も映画もスイーツも、欠点があるからこそ愛せる。雑多の道頓堀。怖いイメージの道頓堀。だから愛せる。

道頓堀紀行

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『月とクレープ。』に寄せられたコメント

美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。

過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。

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