食いだおれ白書

世界を食いだおれる。世界のグルメを紹介します。孤高のグルメです。

𠮷野家〜新宿センタービルと上本町の思い出

𠮷野家〜新宿センタービルと上本町

中学・高校時代の記憶を辿ると、そこにはいつも𠮷野家がある。大吉や小吉の「吉」ではなく「土」に「口」の「𠮷」。ボクサーの辰𠮷𠀋一郎と同じ。ちなみに「丈」ではなく、右上に「、」がある「𠀋」が正しい。

大阪の上本町には、清風学園と上宮高校がある。2つの学校の間には、牛丼をめぐる目に見えない境界線があった。タッチの差で清風が𠮷野家に近い。土曜の昼は授業が終わり次第、生徒が𠮷野家に押しかける。満席でなくても清風のブレザーの中に上宮の学ランが入り込む勇気も余地もはない。𠮷野家の店内を覗いては、肩身狭くしばし逡巡したあと、諦めて隣の松屋へと流れていく。この牛丼戦争の縄張り争いに勝った清風は偏差値以上の優越感を持って、堂々と丼をかき込んでいた。清風魂ここにあり。

当時、学生も携帯電話を持つようになった。まだ「写メ」すら存在しないガラケーの時代。遅刻してくる奴がいれば「𠮷牛買ってこい」と短いメールが飛ぶ。親が作ってくれた弁当はあるが、早弁で𠮷野家を食って昼休みに家から持参した弁当を食う。𠮷野家は1899年(明治32年)に東京・日本橋で創業されたものだが、大阪の𠮷野家のほうが本家より美味しく感じた。

上本町の𠮷牛

牛丼並、生卵、紅しょうが。ツユダクにした分、米粒がわずかに茶色く染まる。これでようやく次元と五右衛門、峰不二子が加わり、華麗なるルパン・ファミリーが集結。味噌汁は銭形警部。牛丼の量は少なくとも紅生姜で誤魔化す。学生のカンニングのような紅しょうがは「時のふりかけ」。電車通学、単調な授業、クソみたいな試験勉強。学んだのは退屈とは何か?そんな塗りつぶされた日常に、小さな炎を灯してくれる。虚しい日常の口の中に、うまい飯があった。胃袋の中に温かさがあった。たかが牛丼、されど𠮷牛。ここが日本一の牛丼屋。これまでも、これからも。

牛スパイシーカレー

𠮷野家〜新宿センタービルと上本町の思い出

吉野家が提供する牛スパイシーカレー699円。

高尾山の標高より100円高いという妙な比較はさておき、この一杯は想像以上に計算され尽くした味わい。

カレー単体で口にすると、じんわりと広がるスパイスの香り。しかし、ここで驚くのは、その後に待ち構える「汁だく牛」の甘み。カレーのスパイシーさと、牛丼のタレが絡んだ柔らかな牛肉の甘みがぶつかり、見事なバランスを生み出している。

忘れてはならないのが 紅生姜の存在。この鮮烈な酸味とシャキシャキの食感が、カレーと牛肉の間に立ち、辰𠮷𠀋一郎の右ストレートのようなキレのあるアクセントを加えてくれる。𠮷野家の懐刀・紅生姜を活かしたマリアージュがここに完成。

スプーンを持つ手が止まらない。これはただの「牛丼×カレー」ではなく、𠮷野家だからこそ生まれた、 スパイスと甘み、酸味の三位一体の妙技。手軽さのなかに秘められた至福の一杯。

新宿センタービル限定「牛鍋丼」

𠮷野家〜新宿センタービルと上本町の思い出

牛鍋丼の並、437円。新宿センタービルの店舗限定メニューらしい。2010年に全国発売されたメニューの復刻版。当時は並盛280円だった。牛丼よりも甘めの割下が染み込んだ牛肉に、豆腐、糸こんにゃく。東京・日本橋にあった魚河岸で牛肉を豆腐や野菜と一緒に煮込んだものをご飯にかけた「牛鍋ぶっかけ」を再現したもの。今の牛丼のルーツにあたる。原点回帰のルネサンス。その心意気は嬉しいが、いかんせんボリュームが無さすぎる。茶碗一杯分に毛が生えた程度。「少なめ」と間違えていると思って、外国人の店員さんに「これ、並盛りですか?」と聞いて恥をかいた。いや、この量なら10秒で決着がつく。さすがに437円は高すぎる。15年前の280円に戻せとは言わないが、320円が関の山。文句を言っても始まらない。名残惜しく、割り箸で米粒を拾う。𠮷野家の回帰線メニューは、懐かしくも儚い味だった。

プルコギ丼

プルコギ丼

3月8日、土曜日。19時半。執筆が予定どおり進まない。しかし、腹は減る。

昨日の快晴はなんだったんだ、という雨。昨日の快晴があったからこそ、今日の雨が映えるということか? いや、それは違う。そんな都合のいい物語を、雨は聞いてくれない。

井上陽水は「傘がない」と歌ったが、俺も持っていない。遠くはいけない。どうしようと思いながら𠮷野家の前を通ると、プルコギ丼の看板が威風堂々。ドヤ顔に負けて入店。

プルコギは愛する韓国料理の中でもトップ3に入る。2007年、井筒監督の『パッチギ!LOVE&PEACE』を観た帰りにHISで韓国行きのチケットを取った。弟とイムジン河のほとりで食べたプルコギは、これ以上ないほど美味かった。それ以来、「プルコギ」という文字を見ると手を伸ばしてしまう宿命。

財布を取りに仕事場に戻り、再び𠮷野家へ。アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン。

プルコギ丼(並)674円。大盛りにするほど金に余裕はない。しかし、味が未知数。保険をかけて豚汁(217円)を追加。プルコギ信者とは思えない慎重すぎる行動。

現れた丼を見て驚く。具が丼からはみ出している。崩壊寸前の建造物のような気合。

甘い。韓国ではない。かといって、和の味とも言えない。中華の青椒肉絲に近いが、もっと別の国。もっと雑で、もっとエネルギッシュ。

パッチギだ。意味不明だが、このプルコギ丼はパッチギ。それもLOVE&PEACE。

豚汁を頼んでよかった。一口目、「まあ、普通か」と思ったが、口に運ぶたびにうまくなっていく。深みが増し、魂が揺れる。豚汁は偉大なり。プルコギが消し飛んだ。

まあ、いい。明日は明日の雨が降る。

𠮷野家の親子丼

𠮷野家〜新宿センタービルと上本町の思い出

レンブラントの晩年の自画像を見ていたら、無性に親子丼が食べたくなった。親子丼と言えば「なか卯」。上京してから数えきれないほど食べた。はいからうどんとのセットで590円。あの頃は、それが当たり前だった。安いのが正義だった。だが時代は回る。

𠮷野家は並もり591円。ここまでは納得。そこに豚汁250円を追加して841円。オランダ帰りで散財した氷河期の財布には高級ランチ。ここでヒヨってはいけない。レンブラントになれ。破産を恐れるな。男だ。無一文でも顔を上げろ。卵をすするのだ。

ふわふわの卵に、しっかり沁みた出汁。これぞジャパニーズ・ソウル・フード。店内は日本人ばかりだが、外国人観光客の皆さんにも伝えたい。これが日本だ。これが卵と鶏と、そして、敗北と勝利の味だ。

牛皿麦とろ御膳

吉野家、牛皿麦とろ御膳

文豪が愛した食を紹介するグルメ漫画『芥川おしながき帖』を読みながら、しみじみと牛肉のことを考えていた。福沢諭吉が、かつて牛鍋をこよなく愛していたという話。

明治の初め、外国文化とともにやってきた“肉食”習慣。その象徴が、鉄鍋でぐつぐつ煮込まれた牛肉だった。1872年には、福沢自身が『肉食之説』なる書まで著している。牛肉こそ、文明開化の味だったのだ。

2025年で10周年を迎えた𠮷野家の夏季限定『牛皿麦とろ御膳』798円。

「800円で良くないか?」というツッコミはさておき、これを考案した社員には、ぜひ社内表彰を贈ってほしい。𠮷牛と並ぶ“𠮷野家の顔”と言える逸品だ。

まず、牛皿の汁だく具合が絶妙。甘辛い出汁が、牛肉と玉ねぎをしっかりと抱き込み、ふわりと香る。丼ではないのに、牛鍋丼よりも“牛鍋感”がある。汁と湯気の向こうに、明治の町並みが浮かんでくる。

そこに麦飯ととろろ。この組み合わせが、とにかくうまい。素朴で、それでいて上品。麦のプチプチ感と、とろろのとろみが織りなす食感は、一膳の中に季節が宿っている。

さらに、名脇役・オクラ。この粘りと青みが、全体をキリリとまとめあげ、美味しさをバイキルトする。現代の“文明開化定食”と呼ぶにふさわしい。

海外からの旅行者に「おすすめの和食は?」と訊かれたなら、自信を持って「𠮷野家の牛皿麦とろ御膳」と答える。和の奥深さと、牛肉の歴史を一度に味わえる。そんな、日本らしい一膳が、ここにある。

夏の最強・冷汁セット

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140円プラスと少し割高ではあるが、味噌汁を冷や汁に替えると夏をオーバードライブできる。

牛麦とろ丼

牛麦とろ丼

ザ・江戸っ子メシの「丼」。牛皿麦とろ御膳の「麦飯、とろろ、オクラ」の3つが正三角形となり、聖域のトライアングルを形成。とろろオクラ麦飯が藤田嗣治の乳白色のように繊細で完成された芸術なのに、そこに牛皿を丼に乗せてしまう。「一丁前にグルメを気取ってんじゃねえ」と江戸っ子らしい一皿。だったら、もっと余計なことをする。

牛麦とろ丼

どうせ繊細な味が壊れているなら、𠮷野家の顔である「紅生姜」を加える。彩りに酸味をプラス。人生とは、どれだけ世界に余計なことをするか。余計なことが積み重なり、世界は生まれ直す。それが、人生のメリーゴーラウンド。最後に七味唐辛子も加えてみたが、これは流石にやりすぎ。大盛りで875円。3分で食べ終わる一瞬の夏。

牛たん麦とろ御膳

𠮷野家、牛たん麦とろ御膳

著書『月とクレープ。』の表紙を描いてくれた女性のイラストレーターの大好物が牛タンだった。表参道にオフィスがあった頃、よく仕事帰りに「ねぎし」で牛タン定食を食べ、仙台に行くと必ず牛タンを食べていた。

故郷の焼肉屋さん「こよい」のお任せコースでは、必ず牛タンから始まる。子どもの頃は食べられなかった、成長の肉。牛タンは不思議なスター性がある。

𠮷野家の夏期限定「牛たん麦とろ御膳」は1,207円。牛丼チェーンとしては、ひとつ背伸びをした価格だが、「御膳」という名称にはふさわしい。

牛タンのしなやかな弾力は、少年の頃に「大人になったら食べられるようになる肉」だった牛タンと、どこかでつながっている。

とろろ麦飯との相性は、塩味の効いた牛皿のほうが良いが、スター同士が集まると結構な美味になる。

ディカプリオとブラピが共演した『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のような豪華な劇場である。

冷や汁

𠮷野家,冷や汁

𠮷野家の夏が始まった。冷や汁はじめました。通年にして欲しいほど好き。

𠮷野家は夏限定、三種類の味噌をブレンドしている。本当は豚丼と合わせる予定だったが、新宿センタービル店に豚丼がない。吉牛に山盛りの紅生姜を乗せた。

やっぱり冷や汁は最高。夏が来る。きっと夏が来る。米津玄師『パプリカ』や90年代の織田哲郎のポカリスエットCMが流れる。

𠮷野家、冷や汁

紅生姜との相性は良くなったが、残ったご飯に、ぶっかけ。これで今年の夏も、きっと大丈夫だ。

𠮷野家の豚丼

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𠮷野家の豚丼はBSE(狂牛病)問題で牛丼販売休止中に2004年3月から発売された。牛丼が復活してフェードアウトしたが、2016年4月から復活。𠮷牛しか興味がないので、復活していたことを知らなかった。

豚丼には思い出がある。京都競馬場に𠮷野家があるが、このBSE問題で2004年から数年間、牛丼の販売が中止になった。立命館大学に通っていた頃、同志社大学の友人と菊花賞と天皇賞・春の年2回、淀にある京都競馬場に通ったが、そのとき食べた豚丼が全然おいしくなかった。

𠮷野家,豚丼、ディープインパクト

2005年10月、京都競馬場で観た、あの光景は今も焼きついている。ディープインパクト、無敗の三冠達成。弟と並んで観た菊花賞。

客入りが凄まじく、入場者数が菊花賞レコードの13万6701人を記録。京阪電車の線路まで人で溢れかえって電車が動かなかった。車掌がクラクションを鳴らしまくっても人が多すぎて動けない。後にも先にも電車が自動車のようにクラクションを鳴らしまくる姿を観たのはあの日だけだ。そんな思い出の豚丼を20年ぶりに食べることにした。

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豚丼は取り扱い店舗が少ない。訪れたのは錦糸町。師匠と絵画について語り合ったあと、昼ごはんに豚丼。

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𠮷牛の牛丼と違って、出汁の甘みではなく、塩味のキレが光る。脂も控えめ、さっぱりしているのに、しっかりうまい。初夏の昼には、塩味のほうが舌が喜ぶ。

キムチがそこに加わると、もう別格。さっぱりの中に、ほのかな辛味と酸味が刺さり、ひと口ごとに胃が目を覚ます。

豚の白さ、キムチの赤、ライスの白。味も見た目も、清涼感と力強さが共存している。
豚丼を頼むならキムチは絶対。武豊とディープインパクトのような運命共同体である。

記憶がアップデートされた。豚丼はうまい。記憶のターフを駆け抜けた。

牛玉スタミナまぜそば

牛玉スタミナまぜそば

1899年(明治32年)に創業した𠮷野家が悠久の時を超えて送り出す初の麺メニュー。それが「牛玉スタミナまぜそば」767円。じゃあ、777円でよくないか?というツッコミは置いといて、ピカソやゴヤが描いた《闘牛》をお思わせる力強いイケ麺である。

牛玉スタミナまぜそば

黄金の冷麺、お馴染みの𠮷牛、玉ねぎ、青ねぎ、天かす。生卵と特製タレが別皿で運ばれてくる。

牛玉スタミナまぜそば

冷麺のツルツル、生卵のトゥトゥル、ネギのシャキシャキの反響が猛暑に涼を呼ぶ。そして何と言っても𠮷牛。そんじょそこらのチャーシューを下剋上する旨さ。まさか、麺メニュー初挑戦にして、ラーメン専門店をも凌駕する混ぜソバを送り出してきた。量が少ないのは難点だが、夏の夜の幻のようで愛おしい。麺ヘラをも満足させる逸品が𠮷野家で産声を上げた。

住所 :東京都新宿区西新宿1丁目25-1新宿センタービル地下1階
電話番号:03-5909-7565
営業時間:7:30〜22:00

新宿壱番街(新宿センタービル)

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『月とクレープ。』に寄せられたコメント

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