東京を離れる前に、埼玉に暮らす登山の先輩が、群馬・水上町の「レストラン諏訪峡へ行こう」と誘ってくれたのは、梅雨明けを思わせるような夏の日だった。
初めて先輩と山を登ったのは、2024年の11月。それから66の山、38の雪山を共にした。先輩は僕を「戦友」と呼び、初めて谷川岳に登ったのは2016年の1月9日。

次が2019年の1月4日、3月9日、2020年1月4日、5月3日、2021年2月6日と6回登った。
先輩はいつも言っていた。「死ぬなら谷川岳」と。その谷川岳の麓にあるのが、レストラン諏訪峡(すわきょう)

雪山から無事に下山したあと、いちばんのご馳走は温泉だが、谷川岳だけは諏訪峡のダムカレー。山小屋やテントで食うカレーも至高だが、諏訪峡のダムカレーはそれを超えてくる。背負ってきたものすべてが報われる味。諏訪峡は我々にとって登山のウイニングランだった。
しかし、2025年7月18日、正午。店の前に立った我々を待っていたのは、まさかの「closed」の札。定休日ではない。臨時休業。山が気まぐれに天気を変えるように、ダムカレーは我々を見放した。

さて、どうするか。ひとつ思い出した。10年前、先輩と初めて谷川岳を登った帰り、一軒のラーメン屋を見つけた。凍える身体を温めてくれそうな赤い暖簾。「谷川ラーメン」と書かれていた。猛烈に食べたかったが、先輩おすすめの「諏訪峡」を案内され、そのまま諏訪峡にハマってしまったので、一度も訪れたことがなかった。

ついに、10年ぶりの入店。人生は何があるかわからない。我々をつなげてくれた登山家がいつも言っていた。「人生はね、宿題があったほうが面白いよ」と。いつの日か、諏訪峡に戻ってくるという宿題ができた。きょうは、好日としよう。

暖簾をくぐると、時間が巻き戻されたような錯覚に陥る。冷蔵庫には瓶のコーラ。壁には谷川岳の絵画。昭和の空気がそのまま残っている。2005年にテレビ番組でGACKTが訪れたという写真もある。20年以上は続いている老舗ということになる。

普通なら「水上ラーメン」だろうに、この店は「谷川ラーメン」と名乗る。山への敬意。絶対に店主はクライマーだ。やはり、何度も谷川岳に登っていると語ってくれた。
カツ丼定食1200円も食べたかったが、僕も先輩も「谷川ラーメン」900円。

届いたラーメンは、昔ながらの中華そば。塩味ベースに、やさしく効いた胡椒のキレ。雪の谷川岳のように、やさしさの奥に厳しさがある。厳しさの裏にやさしさがある。
スープはなみなみと、雪解け水のように豊かで澄んでいた。野菜とチャーシューがごろごろと入っていて、山から帰った身体にしみわたる。

いつかこの店のラーメンを食べることも、きっと宿題だったのだろう。
「人生はね、宿題があったほうが面白いよ」
再び、登山家の言葉を思い出した。ラーメンと人生には、登り返しがある。
10年越しに叶った願い。頭の中には、我々のテーマ曲『Top Gun Anthem』が流れていた。
先輩と僕の宿題「諏訪峡」のダムカレー
先輩との憶い出の本を出版しました♨️

先輩と訪れた憶い出の店