仙台に降り立つのは初めてだ。いつも通りすぎて東北や北海道に行くか、大晦日にサービスエリアで牛骨ラーメンを食べた経験しかない。仙台は文章の先生が80年代に青春時代を過ごした場所。いつか書く70年代の映画館を舞台にした小説にも登場してもらう。その下見を兼ねて向かった。
0時35分、雨上がりの新宿。これから深夜バスに揺られて7時間。こんな時間でもバスタ新宿は激混み。蒸し暑さで夏が終わらない。 1996年の水曜どうでしょうの時代から新宿の熱気は変わらない。昔の深夜バスは男だらけの世界だったが、今は8割以上が女性。男がヤワになったのか、女性が強くなったのか。
仙台駅
仙台が「杜の都」と言われる理由は、木々が生い茂る「森」ではなく、神社仏閣や武家屋敷を囲む緑、江戸時代から育ててきた豊かな緑など、自然ではなく人々の想いの結晶で彩られているため。「杜」は人工林を表すらしい。
仙台駅の外観がいい。ステーションは日常が染みつく場所。通勤に向かうサラリーマンの顔は暗い。観光客としてウキウキの自分とは真反対。この街で働いていたらどんな存在の駅になっただろう。
コインロッカーは多いが3階に上がって新幹線乗り場の前に行く。アヒルと鴨のコインロッカーに一眼レフと着替えを預け街に繰り出す。
駅を出て西口に広がるペデストリアンデッキは壮観。「pedestrian」は歩行者の意味。この上空通路が夜になるのが楽しみだ。
ペデストリアンデッキを降りると名掛丁商店街。千日前の商店街に似ている。仙台は大阪の南と酷似している。
かつては島崎藤村が『若菜集』を書き上げた下宿「三浦屋」があった場所。昼も夜も、ここのお世話になる。
仙台朝市
まずは仙台朝市へ。昭和20年に空襲で焼け野原となった仙台駅の前に露店が並んだ「青空市場」が仙台朝市と言われている。
海鮮や青果などが並ぶ。観光客もチラホラいる。
市場の中で笹かまぼこ250円を買う。白身魚を主な原材料にして、笹の葉をかたどった仙台名物で。明治初期、三陸沖の漁場でヒラメの大漁が続き、日すり身を焼いた食べ物が「笹かまぼこ」のルーツと言われている。仙台では元祖「が阿部蒲鉾店」。笹かまぼこの名は、伊達家の家紋「仙台笹」にちなんで名付けられたという。朝ごはんに公園で食べたが香ばしかった。
次に来たときは朝ラーメンだ。仙台は何回でも来たい。
晩翠通〜定禅寺通
曇り空、夏と秋の狭間の晩翠通を歩く。麗しい名前だ。
夜の風景は知らないが朝の散歩に、これ以上の気持ちよさはない。
メインストリートの定禅寺通。
なんと清々しい。
10月29日。自分の誕生日に全日本大学女子駅伝で走るらしい。これは楽しみ。立命館大学を応援しよう。
C601のSL。1968年に廃止されるまで青森間を走ったらしい。恩師の故郷は青森と仙台。これは小説に入れよう。
仙台城跡(青葉城)
青葉通をトボトボと歩いて仙台城跡へ。伊達さんのファンなら感激するだろう。兜のイメージしかない。
仙台城(青葉城)の前には広瀬川が流れる。道頓堀川のようなもの。ずんだ餅の店が見えてきた。米どころの宮城県で昔から伝わる50種以上ある餅料理の1つ。つきたての餅に、茹でてすり潰し、甘く味付けした枝豆の餡を絡めた昔ながらの餅菓子。
『ちゅんちゅん ずんだソフトクリーム』450円。甘すぎずギリギリの聖域を攻略した逸品。数々のソフトクリームを食べ歩いたが、かなり上位。山梨の信玄餅ソフトも絶品だが、戦国武将とソフトクリームの相性の良さは研究に値する。店員のお母さんが餡入りの饅頭もくださった。ご馳走さまです。
八木山動物公園
最も来たかった仙台の八木山動物公園。『アヒルと鴨のコインロッカー』でドルジ(瑛太)とカワサキ(松田龍平)が出逢った場所。琴美と3人で撮ったパネルは変わっていた。
ドルジとカワサキが遭遇したのはホッキョクグマのブース。眠そう。
ライオンは子どもたちに大人気。アヒルと鴨に違いがないように、ブータン人も日本人も違うようで同じ。巨人ファンだって楽天の試合を観ていいし、野球が好きなら、みんな同じ空の下。この歳になって動物園が好きになった。
『ロッキー2』でスタローンがエイドリアンにプロポーズするのが虎の檻の前。昔は「なんちゅう場所で結婚申し込むねん」と思ったが、虎を見ていると不思議と力が湧いてくる。アイ・オブ・ザ・タイガー。今ならロッキーの行動が粋に感じる。
失恋しても片足で踏ん張るフラミンゴ。辻仁成の至高の歌詞。動物園に来るたび『ZOO』が流れる。
八木山動物公園にある野球王ベーブ・ルースの像。顔がブルドッグに似ているからではなく、1934年の来日初ホームランが仙台の八木山球場だったから。1929年(昭和4年)に完成し、八木山動物園のアフリカ園エリアが球場の跡地。球が飛び込んだ外野スコアボードのあった場所にベーブ・ルースの銅像も立っている。
番丁ラーメン
東西線で仙台駅に戻り腹ごしらえ。名掛丁商店街の地下にある『番丁ラーメン』
L字カウンター11席だけの古い中華そば屋、ガタガタの丸椅子、昭和が現役。
850円。味噌と醤油の合わせ出汁は恩師の青春の味。超大盛り、熱々。醤油のあと味噌、そしてピリ辛が来る三段活用。
12時だからスーツ姿のサラリーマンばかり。全員が「番丁ひとつ」
常連の味が壁や椅子に染み付いている。
ペデストリアンデッキ
野球観戦を終え、夜のペデストリアンデッキ。映画『アイネクライネナハトムジーク』で佐藤(三浦春馬)が街頭アンケートをしていた場所。さまざまな人間、ドラマが交差する。
利久
深夜バスに乗る前に牛タンを食べようと思ったが、どこも満席か営業終了。1948年創業の牛タン専門店「味太助」が牛タン焼き発祥の店。初代店主がタンシチューから着想を得て考案した「牛タン焼き」が元祖。舌の柔らかい部分だけを使い、炭火で焼き上げる。
駅前商店街の『利久』を通ると看板を片付けていたお姉さんと目が合った。旅行者と思ったのか「店内を片付けしてますがよろしければどうぞ」と可愛い仙台訛りと笑顔で案内してくれた。人生最高の牛タンを味わえた。
食の憶い出を綴ったエッセイを出版しました!

『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。