
「ムルギー」は戦後間もない昭和26年(1951年)創業の老舗カレー店。「ムルギー」はヒンディー語で「鶏肉」を意味する。その名の通り、チキンカレーをベースにしている。

渋谷道玄坂の百軒店商店街の坂を登り切ったところにあり、ハチ公前から徒歩7分とアクセスが良い。

扉の前に立つと、重厚な煉瓦の壁と、年季の入った扉が目に入る。ただし、古臭さはなく、最近オープンした店のような清潔感。時が止まっているようで、流れている。
長らくランチ営業のみだったが、2025年に実に20年ぶりとなる夜営業を再開。平日限定ではあるが、ふたたび「ムルギー」の看板に灯がともった。

ルーは1週間煮込んで旨味を凝縮させ、スパイス以外は全て国産食材を使用して創業以来の味を守っている。
作家の池波正太郎が戦後、東京都職員として渋谷近くで働いて頃から通い、カレーの憶い出を綴ったエッセイで「ムルギー」を取り上げていた。当時のカレーは70円。有名作家になってから10年ぶりに訪れたときは250円になって驚いた。
日ごとに食べても飽きなかった。香りのよさがたちまちに食欲をそそる。味は、むかしといささかも変わらぬ。むしろ、ぐっとうまくなっていた。店は、むかしとくらべて大分にひろくなったようだが、依然、気取りもてらいもなくい、よい店であった。

看板メニューの「玉子入りムルギーカレー」は、コロナ前には1050円で、2025年には1300円。ハヤシカリーなど珍しいメニューもある。

店内はシックな雰囲気。濃い木目の仕切りと、温かみのあるモダンな照明。スタッフは3人とも20代前半。若者に好まれそうな雰囲気で、おそらく池波正太郎の頃からは大きく変わっているだろう。

名物の「玉子入りムルギーカレー」は、富士山のような山型。山型。ゆで卵にかけられた赤いラインは、時間の断層のようなビジュアル。
新宿のカレーのようなスパイスのクセがなく、力強い辛さと旨みだけを残す。食べ進めるうちに、身体の奥から熱が立ち上がってくる。カレーなのに透明感すら感じる渋谷らしい一皿。尾崎豊『FIRE』を思い出す。

店主のおすすめは、「伊良(いよし)コーラ」との組み合わせ。漢方の製法をもとに、シナモンやコーラの実などのスパイスや柑橘をブレンドした東京発祥のコーラ。
ほのかな苦みと清涼感が、カレーの余韻に新たな輪郭を与える。インドとダニー・ボイルが出逢った『スラムドッグ$ミリオネア』のマリアージュ。

17時に入店し、店を出たのは17時15分。江戸っ子の早食いのような時間がムルギーにはある。何から何まで渋谷を感じる場所。
池波正太郎が有名になってから訪れたときも、変わらない味を絶賛していた。変わり続ける街・東京で変わらないことは、最も難しい仕事かもしれない。
ムルギーは、その難しいことを、あたりまえのようにやってのけている軽やかさがあった。
新宿のカレーの名店
東京のカレーの名店
食の憶い出を綴ったエッセイ集

月とクレープ。寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。