
街の喧騒をかき分け、ナイキのシューズがアスファルトを叩く。摩天楼にリズムを生み出し、心臓の鼓動と重なる。仕事に向かう朝のサラリーマンの足は重そうなのに、夜になると新宿は人も乗り物までもが翼を広げる。小滝橋通りを歩くと現れるのが「麺屋武蔵」。剣豪のイラストが描かれた白の暖簾に染め抜かれた黒い文字。風格と哲学が感じられる。昔は真紅だった気がするが、記憶はあやふや。重厚感に引き寄せられるように扉を開ける。
創業者はアパレル業界の風雲児と呼ばれ、ラーメン嫌いだった山田雄(たけし)。一念発起、飲食店をやろうと秋刀魚の煮干しでスープを作ったところ、ラーメンにぴったりだと心変わりした。
そんな変わり者が命名した「麺屋武蔵」という少し狂気じみた屋号は、誰も創ったことのないラーメンに挑戦し、誰にも教わっていない無勝手流のラーメンであることから来ている。1998年5月に産声をあげると、瞬く間に新宿はラーメン激戦区になった。
初めて訪れたのは30年近く前、東京を知らない高校生のとき。奈良からバスに乗り、刺激に満ちたこの街に胸を高鳴らせながら、双子の弟と真っ先に向かったのが麺屋武蔵。そのときの一杯が見知らぬ異国を訪れたような感覚を与えてくれた。極太の麺が持つ力強さ。濃厚なスープがぶつかり合いながらも手を取り合う味わい。自分がこれまで知っていたラーメンという概念を根底から覆すものだった。
30歳を目前に新宿に住むようになってからも、最も思い入れのあるラーメン屋として存在してくれる。登山の生還のご褒美は麺屋武蔵だった。店内に入ると、木目調のカウンターと清潔な厨房が迎えてくれる。テーブル席はなくカウンターのみ。19席の洗練された無駄のない空間。アパレル出身のセンスを活かしたオシャレな和風のデザインは、多くの女性客も誘い込む。
店内に貼られた映画『宮本武蔵』のポスターは剣術の道場のような厳かな空気を醸し出す。その背後には、創業者である山田雄の魂があり、自然と背筋が伸びる。
食券機で指が向かうのは決まって「武蔵ら~麺」。令和七年は味玉を加えると1600円。中華そばとは思えない価格にためらいを覚えるが、それを凌駕する期待感が勝る。あっさり、大盛り。こってりを注文した時代もあったが、あっさりのほうが美味しく感じるようになった。

火傷しそうな熱々の丼がカウンター越しに置かれる。なんだこれ。目を奪われるのは豚の角煮。主役はチャーシューじゃないのか?しかも厚い。分厚い。見た目がすでに暴力的だ。その横には薄いチャーシュー、メンマ、味玉、青ネギ、そしてぶっとい麺。すでに視覚だけで決闘の始まりを感じさせる。ここには古き新宿の輪郭がある。

魚介系と動物系の二刀流スープ。サンマの煮干しを使った繊細な醤油味。動物系と魚介系の出汁を別々に採ってブレンドするダブルスープ方式が素材の香りを際立たせる。動物と魚介が喧嘩してるような香りだが、鼻を突き破る感じがたまらない。柚子がうまく橋を架けている。世界が少しずつ満たされていく。
麺を持ち上げる。弾力が箸先から伝わる。スープに絡めて口に放り込むと、へヴィー級の濃厚さが舌をぶん殴ってくる。魚介の旨味が先陣を切り、その後ろから動物のコクが追い打ちをかける。調和なんてない。攻撃だ。その攻撃が心地いい。
覚悟を決めて角煮に噛みつく。柔らかい。脂が口の中で溶け出して、日常の苦味を洗い流していく。ただし重力は凄い。食べ切れるだろうか?という不安が頭をよぎる。精神と時の部屋にいるみたいだ。メンマや味玉は脇役。主役は麺とスープ、そして豚の角煮。これをやっつければ、あとはウイニング・ラン。
丼の中の登場人物は互いに喧嘩しあっている。プロレスのバトルロイヤル。苦手な人も多いだろう。そのクセの強さと激しさが、此処にしかない一杯を生み出している。
麺屋武蔵が生み出す一杯には創業者の執念が染み込んでる。ラーメン業界を切り裂いた刃の跡。今は弟子たちがその刃を磨き続けている。武蔵が剣で戦ったように、彼らは包丁で戦っている。その熱が、この丼に注がれている。

最後の一滴まで飲み干し、刀を鞘に収めるように箸を置く。丼には何も残っていない。その「何もない」という感覚が旅を終えた空虚感を運ぶ。人は食う。そして、また渇く。それだけだ。何もないからこそ、人はまた求める。テーブルを拭いて店を出ると胃の中が熱く、冷たい夜風が頬を撫でる。ふーっと大きく吐く息にスープの芳香が混ざっている。新宿は名前のとおり、店も人も常に一新されていく。思い入れのあるラーメン屋は、ほとんどが暖簾をおろしてしまった。いまも残っているのは麺屋武蔵のみ。その一杯は何かを残していく。腹の底、いや、それよりもっと深いところに。
麺屋武蔵の情報
- 店舗名:創始 麺屋武蔵
- 住所:東京都新宿区西新宿7-2-6K-1(ケイワン)ビル1階
- 最寄り駅:JR新宿駅西口より徒歩4分
- 営業時間:11:00~22:00
- 定休日:無
- 座席数:19
- 電話番号 :03-3363-4634
創始 麺屋武蔵のラーメンたち
味玉角煮ら~麺

濃厚・こってり・極太麺。ラーメンはヘビー級と心得よ。登山帰りに寄ると、新宿に帰ってきたと実感させてくれる。大谷翔平の162キロのツーシームに劣らないキレの魚介スープ、極太チャーシュー。消費カロリーを遥かに超えるコレステロールを摂取するのが正しい山登り。
味玉味噌ラーメン

麺屋武蔵は冬限定の味噌ラーメンもある。冬のファンタジー。税金に負けてたまるか大作戦。権力と闘うパワー・トゥ・ザ・ピープルをくれる。
新春万福ラーメン

正月の期間限定。いくらの味付け玉子、数の子など縁起ものが入っている。ゴールドの器とレンゲが凝った演出。魚介出汁のラーメン食すと「さっきまで山にいたのか〜」と、しみじみするから不思議。
もうひとつの麺屋武蔵 五輪洞

琥珀色のスープ、洗練された具材たち。この一杯には、これからの新宿の輪郭がある。
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