食いだおれ白書

世界を食いだおれる。世界のグルメを紹介します。孤高のグルメです。

千日前・丸福珈琲店〜道頓堀を支えて一杯、昭和の残り香とともに

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大阪・ミナミの千日前に佇む「丸福珈琲店」。創業は昭和九年(1934年)、鳥取出身の伊吹貞雄氏が最初に暖簾を掲げたのは新世界だった。

戦後になって現在の千日前に移り、以来、道頓堀の街とともに歩んできた。パリにムーラン・ルージュがあるように、道頓堀には丸福珈琲店がある。そんな言葉が自然と口をつくほど、この地に根ざした存在感を放っている。

朝の千日前本店に足を踏み入れると、1階95席、2階22席の広い空間にクラシックな家具やステンドグラスが配され、戦後の喧騒を知る老舗ならではの空気感に包まれる。創業時に掲げられた「丸福」の屋号と「伊吹」という名は姓名判断で相性が良かったことから、『福』とともに『S. IBUKI』と表記され、看板にはその誇りが今も刻まれている。

カウンターに腰を下ろし、まずは深煎りのブレンド珈琲を注文した。横浜・大倉陶園の白磁カップに注がれるその一杯は、初代オーナーが考案したオリジナルのドリッパーでネル抽出され、立ち上がる香りに心が静まる。

合わせて頼んだホットケーキは注文ごとに銅板で一枚一枚焼かれる。二十分以上かけて仕上げられる外サクサク、中ふわふわの生地にバターを落とし、メープルシロップを垂らすと、昭和から変わらない至福の朝食が目の前に広がる。店内に流れる『エデンの東』の旋律とともに口に運ぶと、懐かしさと贅沢が同居する時間になる。

丸福の歴史には戦争の影も刻まれている。終戦間際、多くの客が赤紙を受け取り、「これが最後の珈琲の味やなぁ」と戦地へと向かったという逸話は、この店がただの喫茶店ではなく、人々の人生に寄り添ってきた証だ。

また、戦後の貧しい時代には角砂糖が子どものおやつ代わりになり、親子連れにとって甘い思い出そのものだった。今も店頭に並ぶ角砂糖は、そんな記憶を大切にする丸福の象徴でもある。

二杯目には、あえて寒い季節にアイス珈琲を選んだ。小ぶりで持ちやすい昭和初期に流行したヤライ柄のグラスに注がれた「冷コー」は、無糖と加糖から選べる。迷わず加糖を頼むと、かなり甘めの仕立てで、子どもでも飲めるような柔らかさがある。その甘さが深煎りの苦味を引き立て、ただのアイスコーヒーとは一線を画すインパクトを残した。次は無糖を試してみようと思わせる余韻の強さは、他の喫茶店では得られない。

食いだおれ三日目の朝、前夜の疲労を引きずりながらも、ホテルから徒歩一分、ウサイン・ボルトなら九秒で駆けつけられる距離に丸福珈琲店があるのはありがたい。

カレートーストやカフェオレも良いが、やはり朝はシンプルなトーストに深煎りのブレンドがいちばんだと実感する。観光客で賑わう店内にいても、昭和の残り香が温かく漂い、ここが大阪喫茶文化の象徴であることを改めて感じさせてくれる。

丸福珈琲店千日前本店は、戦前から戦後、そして現代まで人々の暮らしとともに在り続け、珈琲一杯に込められた濃厚な歴史と時間を体感させてくれる場所だ。これまでも、そしてこれからも、丸福のブレンドとホットケーキの組み合わせは、大阪の朝を飾る普遍のセットであり続けるに違いない。

サクふわホットケーキと深煎りの記憶。これが大阪喫茶の原点である。

店舗情報(千日前本店)

  • 店名:丸福珈琲店 千日前本店
  • 住所:〒542-0074 大阪市中央区千日前1-9-1
  • 電話:06-6211-3474
  • 営業時間:8:00〜23時
  • 定休日:原則無休(年末年始等は公式案内を確認)
  • アクセス:大阪メトロ「なんば」「日本橋」各駅から徒歩圏。千日前通り角
  • 予約:平日のみ予約可。少人数の会合や席確保の相談に応じる
  • テイクアウト/物販:自家焙煎豆、瓶入りアイス珈琲ほか
  • 周辺:道具屋筋・なんばグランド花月・法善寺横丁など観光スポットから近い

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