
通天閣の足元に、ひっそりと緑の縞模様をかかげた店がある。「ドレミ」と書かれた文字が、音符のように壁の上で揺れている。1967年の創業。かつてここは「ニューワールド写真館」だったという。亡くなった前店主がシャッターを切っていたその場所に、今はコーヒーの香りが漂っている。写真館の名残。消えかけた看板が外壁に貼りついたまま、昭和の記憶をいまも語っている。

ドアを開けると、微かなコーヒーとバターの香り。レースのカーテン越しに差し込む夕陽が、マーブル模様のテーブルを淡く照らしている。窓際の席に座ると、外を歩く人の足音が、遠い波音のように聴こえる。
ママさんと呼ばれる山本さんは、今は厨房の奥で静かに立ち、その代わりに若いアルバイトたちが、せわしなく動き回っている。時代は変わっても、この店の時間だけはどこか緩やかだ。
夕方のドレミは満席だった。観光客が通天閣を見上げ、疲れた足をこの小さな空間で休める。そのひとりとして、17時を過ぎたテーブルに腰を下ろした。

注文したのは、喫茶店の定番カレーライス。白い皿の中央に、生卵がひとつ、太陽のように輝いている。紅しょうがが添えられ、金色のルーは魔法のランプのようなグレイビーボートに注がれてきた。スプーンを入れると、卵の黄身がルーに溶け、やわらかな甘みが広がる。大阪らしい無骨さと優しさが、ひと皿の中に同居。

デザート代わりに、名物のホットケーキを頼む。焼きたての厚みは、昭和の空気をそのまま閉じ込めたよう。バターが静かに溶け、黄金色の表面を滑っていく。コーヒーをひと口飲むと、遠い記憶が舌の奥から立ち上がる。喫茶店がまだ“時間の止まり木”だった頃の記憶だ。
外を見れば、ビルの谷間に夕闇が降りてくる。通天閣のネオンが灯り、街がざわめきを取り戻す。この窓際だけは、レース越しに別の時間が流れている。コーヒーの香り、ホットケーキの甘い湯気、そして静かな人々の会話。
喫茶ドレミ。それは大阪の新世界に残る、昭和の調べ。街がどれほど変わっても、この店の時間は変わらない。ひとつの音符が、半世紀のあいだ途切れずに鳴り続けているかのように。
喫茶ドレミの基本情報・所在地・アクセス
- 住所:大阪府大阪市浪速区恵美須東1-18-8
- 電話番号:06-6643-6076
- 最寄駅:大阪メトロ堺筋線「恵美須町」駅(3号出口より徒歩3分程度)
- その他:動物園前駅(御堂筋線/堺筋線)・JR新今宮駅からも徒歩で可能
- 営業時間:10:00〜18:00(L.O.17:30)
- 定休日:火曜日
- 席数:約50席
- 支払い方法:クレジットカード不可
※QR決済(PayPay)対応 - タバコ・喫煙:喫煙可(全面喫煙可)
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『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。