
東京メトロ大手町駅に直結するフィナンシャルシティ グランキューブの地下1階。その片隅にひっそりと「篝(かがり)」がある。光も届かないコンクリートの迷路の中、唯一、ここだけが生きている。
本店の銀座「篝」を初めて知ったのは2013年。上京して間もない頃、初めてできた東京の女性の友人に勧められ、その鶏白湯の衝撃を受けた。粘度のあるスープが舌を包み、麺がそれを運び、完璧なバランスで仕上がっていた。

大手町店にも過去2回来ている。コロナ禍の真っ最中。会社員時代、強制的にワクチン接種を命じられ、接種会場がグランキューブだった。その帰り道、篝へ向かう。ワクチンの副反応なんて知ったこっちゃない。気にしていたのは、接種後に篝でラーメンが食えるかどうか、それだけだった。

2025年2月28日、金曜日、18時。久しぶりに訪れる篝の暖簾をくぐる前に、大手町温泉に浸かる。湯に身を沈め、身体の芯から温まった。その帰り道、目の前に現れたのが銀座 篝 大手町店。ここだったのか。これはもう、ラーメンを食べる運命に違いない。店内に足を踏み入れると、明るく清潔な空間が広がる。座席数は22席。

運ばれてきた丼を前にし、一瞬見とれる。その瞬間、すでに戦いは始まっている。黄金色に輝くスープ、その表面に浮かぶ細かな泡。
─濃厚なのに、重くない。くそっ、旨い。旨すぎる。コロナ禍よりパワーアップしている。舌を包み込むような粘度。濃厚なのに、驚くほど飲みやすい。こういうスープは危険だ。飲み干すまで止められなくなる。
粘度のあるスープが舌を包み込み、旨味のコーティングを施す。塩気は絶妙、出汁の深みがじわりと広がる。すべてが計算され尽くしている。

麺を箸で持ち上げる。スープの濃度に負けない、しっかりとした中細麺。ひと口啜ると、もちっとした食感が舌に伝わる。スープがよく絡む。まるで絡み合う運命のように。
具材も力強い。鶏チャーシューはしっとりとしながらも弾力があり、野菜の彩りが美しい。レンコンのシャキシャキ感、カイワレの爽やかさが絶妙なアクセントを加える。
スープ、麺、具材が三位一体となったこの一杯は、まさに「スウィート・サイエンス」そのもの。旨味の悪魔が設計したみたいに。ボクシングで言えば、鶏白湯のモンスター井上尚弥。相手を圧倒する破壊力を持ちながらも、繊細な技術が詰まっている。
さらに言うならば、このスープの包容力は横綱の貫禄。すべてを受け止め、優しく包み込むような深みがある。「篝」はただのラーメン屋ではない。

ここには、スープ一滴、麺一本に至るまで、徹底的に研ぎ澄まされた美学がある。一番の問題は、このラーメンが人生と同じで、終わりがあるってことだった。結論、鶏白湯の地獄に落ちろ。
銀座「篝」の憶い出
東京のおすすめラーメン
記憶を超えた一杯
ノスタルジーのゆくえ
ミシュラン三ツ星の鶏白湯
食の憶い出を綴ったエッセイを出版しました!

『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。