
道頓堀の街並みの中に、ひときわ落ち着いた佇まいを見せるのが「道頓堀 今井」である。もともとの起源は江戸時代の芝居茶屋「稲竹」にさかのぼり、のちに大正期には洋楽器を扱う今井楽器店として道頓堀の文化を彩った。しかし1945年の大阪大空襲で焼け落ち、その後1946年に「御蕎麦処 今井」として再出発したのが、現在の姿の原点となっている。戦後間もない時代には、寒天や氷水、ぜんざいといった甘味を出しながら、こっそりと麺類を供した。
その中で、1949年に今井マチ子が生み出した出汁が大きな転機となり、今日にまで続く店の味の核を成した。北海道産の真昆布に九州産のさば節やうるめ節を合わせ、作り置きは一切せず少量ずつ丁寧に煮出すことで生まれる澄んだ旨味は、大阪のだし文化を代表する味わいとして定評がある。

道頓堀の賑やかな街並みにありながら、今井の外観は華美に走らず、上品で落ち着きを湛えている。入口横に立つ「宵待柳」は創業当時から人々を見守り続け、この店の象徴として訪れる人を迎えてきた。八階建ての店舗は、テーブル席から完全個室まで幅広い空間を備え、少人数の食事から大人数の会合まで柔軟に応えてくれる。こうした設えもまた、ただ食事をする場所にとどまらず、特別な時間を過ごす場としての風格を漂わせている。

名物は何といってもきつねうどんである。黄金色の出汁に浮かぶ大きな揚げは柔らかく甘く炊き上げられ、口に含むと出汁をたっぷりと含んだ旨味が広がる。その人気は日に六百食を超えることもあるという。ほかにも、鴨肉や穴子など具材が贅沢に入った鍋焼きうどんや、全国丼グランプリで金賞を重ねる親子丼が評判で、板わさや鯛の昆布〆といった酒肴も揃う。観光客が大阪の味を体験する場であると同時に、地元の人々にとっても安心して通える店であり続けているのは、こうした揺るぎない味と空間の積み重ねによるものだろう。
店の歴史を遡れば、大阪の町の浮き沈みと重なり合い、その時代ごとの人々の暮らしに寄り添ってきたことがわかる。賑やかな道頓堀の中心にありながら、一歩店に入れば出汁の香りが静かに包み込み、訪れる者に大阪の味の真髄を語りかける。今井は単なる食事処ではなく、大阪の文化そのものを映し出す場所なのである。
道頓堀 今井の店舗情報
- 店名:道頓堀 今井
- 住所:〒542-0071 大阪府大阪市中央区道頓堀1-7-22
- アクセス:大阪メトロ御堂筋線「なんば駅」14号出口から徒歩約3分
- 営業時間:11:00〜22:00(L.O. 21:30)
- 定休日:水曜日(祝日の場合は営業)
道頓堀の名店
大阪ラーメンの顔
法善寺横丁の喫茶店
ぬくもりを感じるアイス
130円の大阪のご馳走
やさしき出汁の記憶
みっくすじゅーすのメロディ
大阪の王将中華
大阪ブラックらーめん
大阪のナポリタン
難波の立ち食いうどん
大阪喫茶の原点
浪花とんこつの真髄
大阪のお好み焼き
食の憶い出を綴ったエッセイを出版しました!

『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。