
何年も前から「今度こそ行こう」と思っていた千駄ヶ谷の『ホープ軒』。神宮球場の帰りに毎回、目にしながら、そのたびに混雑か、次の予定があって入れずじまいだった。
創業は昭和35年。ラーメンが一杯50円だった時代、赤坂・新橋・渋谷を屋台で回ったという。現在の場所に店を構えたのは昭和50年。千駄ヶ谷駅から徒歩7分、黄色い外観と「ホープ軒」と染め抜かれた提灯が目印だ。年中無休、24時間営業。このスペックだけでも胸が高鳴る。一度、夜明け前に深夜ラーメンを食べてみたい。

初訪問は、2025年4月8日。東都大学野球の帰り、火曜日の午後。時間が中途半端なので行列なし。急ぐ帰宅ではあるが、立ち食いラーメンならサッと食べて帰れるだろう。「今しかない」と1階の立ち食いカウンターへ。実は2階も3階もあるらしく、カウンターの座れる席や、テーブル席もある。ラーメン1000円に味玉100円を追加。

着丼。丼の中に広がるのは、背脂が優雅に浮かぶ豚骨醤油のスープ。ひとくちすすると、濃厚だがしつこくない。まろやかで甘みすら感じる。これが“老舗の仕事”かと唸る味。
自家製の中太ストレート麺は、力強くも滑らか。豚骨醤油ベースの濃厚スープをしっかりと受け止めつつ、小麦の香りもしっかり主張してくる。ズルズルとすするたび、魂がひとつずつ溶けていくような多幸感。
特筆すべきは、具の“テキトーさ”。麺とスープが計算され尽くされているのに、具は無法地帯。麺とスープが美味けりゃラーメンはそれでいいんだと言わんばかり。他の店なら減点だが、立ち食いラーメンのホープ軒には、このテキトーさが合って、むしろプラス点。

帰り道、口の中にはほんのりとしたニンニクの余韻と、背脂のコク。体はすでに次回の訪問を欲していた。大学野球とホープ軒、投手と捕手のバッテーリーのように、ニコイチの存在である。
モヤシラーメン

2025年5月24日(土)、100周年を迎えた六大学野球を観戦した帰り。晩春とは名ばかりの肌寒さ。ラーメンが恋しい。到着は午後4時。食事には早く、昼には遅い。そんな“すき間の時間”にもかかわらず、店の前にはしっかりと人の列。老舗の底力を感じながら、10分ほどで席に着く。黄色い外観、ここはゴッホの《夜のカフェテラス》か。いや、ホープ軒。2回目、1ヶ月前に来たばかりなのに、すでに懐かしい。

モヤシラーメンに味玉をトッピング。やってきた丼は、見た目こそシンプルだが、中央にそびえるモヤシの山が堂々たる風格を放っている。
モヤシの富士山が見事で、なかなか麺に辿り着かない。お腹が苦しくなってくる。頂は見えているのに辿り着かない山登りのようだ。しかし、味は美味しい。

かろうじて登頂。お腹が苦しい。でも美味い。ナンダカンダ、また訪れるだろう。満腹なのに、また食べたくなる。苦しいのに、また来たくなる。それがホープ軒というラーメン山の魔力なのだ。
ラーメン味玉

素晴らしい野球を観たら腹が減る。神宮の余韻が残るまま歩く。信号を渡るたびに、胃が騒ぎ出す。3ヶ月連続。そろそろ卒業したい。でも、ホープ軒を素通りできない。あの黄色い看板を見たら、足は勝手に横断歩道を渡っている。
同じメニューでも、野球の体験によって味が変わる。味変ベースボール。
梅雨の湿気に全身を包まれながらも、熱々の一杯を、豪快にすする。
汗は噴き出す。だけど、それもこのラーメンの一部。
すするたび、大学生たちのプレーが脳裏によみがえる。
バットを振り抜く音。声。泥だらけのユニフォーム。
学生が全力で走ってるのに、こっちがゆるんでどうする。
ラーメン一杯分だけでいい。彼らの熱に、負けたくない。
これから神宮に夜が訪れる。だけど、ホープ軒の灯りは今日も揺るがない。
ホープ軒の地図と公式サイト
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『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。