
2023年4月15日 21時過ぎ。
新宿中央公園でのジョギングを終え、ゆっくりと十二社通りを走る。湿り気を含んだ春の夜風が火照った肌に心地いい。通りの先にぽつんと灯る赤い光が目に入った。
「ひじり屋」
どこか懐かしさを感じさせる佇まい。ひなびた温泉旅館のようでもあり、廃墟に片足を突っ込んだような風情も漂う。ジョギングのリズムを乱すには十分な存在感だった。

入り口脇の水槽には金魚が泳いでいるが、その異様さに目を奪われる。アンリ・マティスの《金魚》のような愛敬は皆無。「気持ち悪い」と感じる人もいるかもしれない。さらに、年中飾られたサンタクロースのフィギュア。なぜここに?理由を知るすべもない。
扉を開けると、外国人向けの券売機が目に飛び込んでくる。クレカ対応、英語表記。妙に現代的だ。だが、壁に目をやれば、年季の入ったおばあちゃんの自主制作CDが誇らしげに並ぶ。正面には、なぜか可愛らしい犬のぬいぐるみ。店主の趣味なのか、誰かの置き土産なのか、謎は深まるばかりだ。
支那そば
注文したのは、今どき珍しい 「支那そば」
数分後、目の前に置かれた丼は、派手さはないが凛としている。
スープは琥珀色に澄み、表面に浮かぶ油がきらめく。コクがありながらも後味はすっきり。深い旨味の奥に、丁寧な仕事の積み重ねが透けて見える。
細めの麺を啜る。芯のある小麦の香りがふわりと鼻を抜ける。長年の経験が生み出す技だ。チャーシューは、かつて高校時代に大阪・上本町の『亀王』で食べた、余韻が長く残る一枚を思い出させた。あの時と同じく、スープの熱でじわりと溶け、旨味が残像のように舌に広がる。
店主に「美味しかったです」と声をかけると、寡黙な表情がふっと和らぎ、笑顔が弾けた。十二社通りの夜は静かで、街灯が淡く道を照らしていた。
塩ラーメン
昼間の冷え込みがまだ残る東京の夜だったが、空は晴れ渡り、風も穏やかだった。新宿の喧騒を抜け、十二社通りを歩いていると、ふと暖簾が目に入った。
「ひじり屋」
そういえば1年以上前に訪れて美味しかった。久しぶりに訪れたこの店は、変わらぬ雰囲気をまとっている。ただし、店内はご飯どきということもあり、カウンターはほぼ満席。人生に疲れたような男、水商売風の女性、その隙間に腰を下ろす。
前回の支那そばが素晴らしかったので、今回は違うメニューを試してみることにした。

「塩ラーメン」 780円。今どき新宿でこの値段は驚きだ。さらにミニポーク丼を追加しても980円。北里柴三郎(千円札)を出してもお釣りがくる。大丈夫なのだろうか、と心配になるほどの良心価格。
注文から5分ほどで丼が運ばれる。手際がいいのか、作り置きなのか。表面に浮かぶわずかな油が、静かに光を反射している。トッピングはシンプルながら計算された配置。薄くスライスされたチャーシュー、柔らかそうなメンマ、彩りを添える刻みネギ、半熟の味玉。海苔が一枚そっと添えられ、見た目にも端正な佇まいをしている。
しかし、気になるのは麺。
「細麺かよ」
ラーメンの強い出汁を受け止めるには、太麺一択だと信じていた。
だが、麺をすすった瞬間、考えは覆された。
うまい! あっさりしているのに、力強い。
塩の角はなく、すべてが丸くまとまっている。だが、決してぼやけてはいない。口の中でじんわりと広がる余韻の美しさ。見た目は素朴なのに、芯の強さを感じさせる味。日本男児ここにあり。
チャーシューは柔らかく、メンマは優しい歯応えを残し、味玉は絶妙な半熟。すべてがスープと見事に調和している。
そして、あっさり塩ラーメンのあと、タレの効いたポーク丼。
このコンビネーションは、右ストレートからの左ボディのワンツーパンチ。見事なKO劇。お見それしました。
気づけば、スープを最後の一滴まで飲み干していた。
この一杯には、奇をてらう派手さはない。だが、そこには確かに「職人の手仕事」が詰まっている。どこまでも丁寧で、どこまでも優しい。
丼をカウンターに戻し、店を出る。冷たい夜風が頬をかすめるが、先ほどまでの寒さはもう感じない。静かな夜の十二社通りを歩きながら、次に食べるべき一杯を思い描く。
味噌ラーメンだ。
味噌ラーメン

昼の「ひじり屋」に来るのは初めてだ。これまでは夜だけ。夜のラーメンには夜の顔がある。だが、昼には昼の表情がある。
2025年3月4日、火曜日。夕方から雨、夜には春の雪が降る。味噌ラーメンの天気だ。昨夜、新宿の「はな火屋」で味噌ラーメンを食べたばかりだが、今日もまた味噌ラーメン。完全なる味噌野郎。 雪の前には味噌を食わねばならない。
店の外では河津桜が満開。ピンク色を爆発させ、「春が来たぞ」と叫んでいる。今夜は雪。春と冬がせめぎ合い、どちらかが覇権を握るかを争っている状態だ。
扉を開けると、昼時の混雑。スーツ姿のビジネスマンはいない。私服姿の男たちがカウンターに並ぶ。無職か、自由人か、労働者か、ただのラーメン愛好家か。目の前のカップルが昼からビールを注文し、2人で五千円を払っていた。津田梅子、昼からビール、それもラーメン屋で。自由というものは、こういうところにある。
味噌ラーメンを待っていると、次々と席が埋まっていく。店主が「ちょっとお待ちいただきます。申し訳ない」と手を合わせる。

スープの上に、パンパンに盛られた具材。チャーシュー、メンマ、もやし、煮卵。白ネギ。「最初に俺を食え」と言わんばかりに、どれも存在を誇示している。食べる前から、戦いは始まっていた。
ラーメンは麺、スープ、具材の三原色で成り立っているが、それらが必ずしも調和する必要はない。時にはぶつかり合ったほうが、美しいこともある。 昨日の「はな火屋」の味噌ラーメンがそうだった。

「ひじり屋」の味噌は違う。甘い。かなり甘い。脳に響くほど甘い。これは何だ? 味噌の夢か、それとも人生の嘘か。
麺とスープはおしどり夫婦のように仲がいい。だが、具材は反抗期の子ども。もやしのシャキシャキ、煮卵のトロリ、メンマの歯ごたえ、ネギの強い苦味。それぞれが勝手に動き回る。家庭崩壊。具材たちは、バラバラの道を進もうとしている。 しかし、それでいい。家族は必ずしも一枚岩である必要はない。

丼が空になる。まだ湯気が残惜しそうに立ち込めていた。夜には雪が降る。フルメタルジャケット(完全武装)は完成した。いくらでも降ってみろ。
タンメン
2025年5月14日(水)、実家から新宿に戻ってきた。たった4日間の帰省だったのに、体重はしっかり増えている。
母は昔から、ご飯を山のように出してくる。しかもどれも美味しい。ありがたく残さず食べるが、最近はすぐ腹回りに現れる。愛とは、時に凶器であり、暴力でもあるのだ。
新宿に戻ったからには、少しは節制せねば。とはいえ毎日は無理なので、せめて週に何日かは「1日1食」ルールを決行する。

ということで、この日は朝昼を抜いて、19時前に「ひじり屋」へ。
店に入ると、先客は外国人女性が1人。あとから入ってきたのも外国人のカップルだった。英語表記の券売機があるから、ガイドブックに載っているのだろう。
頼んだのはラスボス「タンメン」(900円)に味玉(120円)を追加。タンメンはあまり頼まない。ラーメンは具が少ないほうが正義だと思っているし、野菜で誤魔化している店も多い。でも、ひじり屋なら話は別だ。塩ラーメンの実力は知っている。きっとタンメンも旨い。
厨房から中華鍋を振る音が響き、ほどなくして丼が運ばれてきた。湯気が立ちこめて、中身が見えないほど。
一口すすると、ラーメンの熱さに加えて、炒めたての野菜が追い打ちをかけてくる。まるで五右衛門風呂。慎重に口を運ぶ。
案の定、野菜が山盛りだ。母の料理を思い出す。けれど、炒めたてなので野菜が美味しい。モリモリ食べ進め、ようやくラーメンと、ご対麺。
熱々の出汁が効いていて、麺は少しふやけ気味。その分、塩ちゃんこのシメを食べているような、身体の芯から温まる感覚がある。これがタンメンの正解かもしれない。味玉の追加も大正解だった。

これで「ひじり屋」全メニュー完全制覇。次に来るときは2周目。原点の支那そばに里帰りだ。
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食の憶い出を綴ったエッセイを出版しました!

『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。