
新宿の東口、絶えず姿を変える街並みの中で、100年以上も続く老舗の天ぷら屋がある。明治19年(1886年)の創業、130年以上にわたり暖簾を守り続ける「天ぷら 船橋屋」である。東口のルミネの目の前にあり、江戸前天ぷらの伝統と味を今に伝える。

2013年11月に上京したとき、最初に買った新宿のガイドブックにも載っていた。何度か店の前を通っては、結局入らずじまい。訪れたのは新宿を離れる1日前。12年もかかってしまった。

年季の入った看板に、時代の風格を残している。「船橋屋」という屋号は、初代の店主・髙橋兼次郎が世田谷区の船橋村の出身だったことに由来。最初は天ぷら屋ではなく、「焼き芋 船橋屋」という名前だった。

夜は4000円以上のメニューが並ぶが、ランチは1800円で船橋屋の真髄を堪能できる。

カウンターに座ると、目の前で職人が黙々と油と対話している。

ランチで頼んだのは「宝」コース(1800円)。海老二尾、白身魚一種、野菜三種、そして締めのかき揚げ。ご飯と味噌汁はおかわり自由。

最初に出されたのは、天ぷらの王様・海老。油のパチパチという音が耳に心地よい。夏の線香花火のような音とともに、きつね色に染まった海老が皿に乗る。一見して細身、しかしひと口頬張れば、プリプリとした食感と甘みが一気に弾ける。海老天のプリプリは当たり前として、そのプリプリとともに、甘味と旨味が踊る。過去に食べた海老天のなかでもトップ。隣の白身魚の種類や味を忘れてしまうほどだった。

この日の野菜は、玉ねぎ、かぼちゃ、ピーマン。それぞれが素材の力強さを感じさせるが、特にピーマンが秀逸。苦味と旨味の調和が美しい。
船橋屋の天ぷらの神髄は油にある。江戸時代中期より伝わる「玉締め絞り」という伝統製法で、三日三晩かけて丁寧に絞り出した琥珀色の最高級ごま油を贅沢に使用。
衣は薄く、素材本来の旨味を衣の中に閉じ込める。口に運べば、サクッと軽やかな食感とともに、凝縮された旬の味わいが広がる。

驚いたのは、天つゆ。繊細な天ぷらの味を邪魔するので、これまでは断固として塩派。しかし、「船橋屋」に関しては、天つゆ一択。芳醇にして、素材の細胞一つひとつに染み渡り、食材の味が輝く。船橋屋がこだわる【自然塩】【藻塩】【ハーブソルト】は不要。天つゆだけで完走できる。

コースの最後を飾る「かき揚げ」にも、あの絶対王者が待っていた。プリプリの海老が、再び力強い存在感を放つ。エビに始まりエビに終わる。見事な輪廻転生、美味の円環。皿の上で、ひとつの物語が終わる。
12年かけて辿り着いたこの味は、人生の伏線回収だった。新宿に来たら、ぜひ訪れてほしい。時代の流れに揺るがぬ味が、ここにはある。
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