
2025年2月18日、火曜日、朝7時。夜行バスを降りたばかりの名古屋は、まだ半分眠っていた。バスタ新宿を出たのは昨夜24時15分。栄に着いたのは6時50分だった。愛知県美術館でパウル・クレー展を観る予定だが、開館は10時。コメダ珈琲店のオープンは8時。どこかで時間を潰さなければならない。
朝の空気は澄みきっていて、空はどこまでも青い。大通りの人影はまばら。街が完全に目を覚ますまで、あと1時間はかかるだろう。
そんなとき、目に飛び込んできたのが「エーデルワイス」の文字だった。

赤い看板に白抜きのカタカナ。レトロでありながら、どこか品のある響きを持つ店名。入り口のガラス扉には、年季の入ったアイアンワークの装飾。奥には深い緑の椅子が整然と並び、柔らかな灯りが店内をぼんやりと照らしている。
扉を押すと、静謐な空気が流れ込んできた。

緑のソファには出張中らしきサラリーマン。奥の席では新聞を広げる常連の老人。窓際にはスマホをいじる大学生。誰も誰とも話さない。朝の孤独を纏いながら生きている。
ヴィーナスの彫像、ヒンドゥーの神像、2階は35名まで集会ができる広さのようだ。

木彫りの「レダと白鳥」のレリーフ。天井には花の模様。統一性などない、だが、不思議と調和している。この店が積み重ねてきた時間そのものが、空間を完成させていた。

1954年(昭和29年)の創業。名古屋のシンボル・テレビ塔と同い年。ウチの母親とも同い年だった。店のドアが開き、中国か台湾からの観光客が入ってくる。テイクアウトを頼むが、持ち帰りはやっていないらしい。かなり年配のお母さんが丁寧に断ると、「謝謝」と笑顔で退店していった。海外でも知られている店なのだろう。

目の前に運ばれてきたのは、焼かれたトーストの上に控えめに盛られた小倉あん、そしてゆで卵がひとつ。カップには漆黒のコーヒー。おしぼりで深夜バスで疲弊した顔を拭く。小倉トーストのモーニングセット580円。玉子は熱すぎて持てないほど。トーストの餡は量も甘さも控えめ。これでいい。強烈なインパクトはない。喫茶店は時間を味わう空間。7時50分。次はコメダ珈琲店に向かおう。朝の光は、まだ透き通るように静かだった。
ほどなくして運ばれてきたのは、小倉トーストとホットコーヒーのセット。580円。
こんがり焼かれたトーストの上には、控えめに盛られた小倉あん。そっと寄り添うようにゆで卵がひとつ。カップには漆黒のコーヒー。おしぼりで、深夜バスの疲れをぬぐう。トーストをかじる。甘さ控えめの小倉あんが、じんわりと口の中に広がる。バターの塩気がそれを優しくまとめて、コーヒーの苦味が締めくくる。
派手な味ではない。だが、それでいい。喫茶店は、味ではなく時間を味わう場所。
ゆで卵を持つと、熱さに指が跳ねた。しばらくコーヒーをすすりながら、おしぼりで包んで熱が引くのを待つ。壁のレリーフを眺める。天井の花模様を見上げる。静かな朝の、静かな時間。
7時50分。店を出ると、朝の光はまだ透き通るように静かだった。
次はコメダ珈琲店へ向かおう。
名古屋の喫茶店
小牧市のカフェ
食の憶い出を綴ったエッセイを出版しました!

『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。