
通天閣本通商店会を歩いていると、マドンナの『Like a Virgin』が流れてきた。場末のスピーカーから漏れる旋律が、この街の匂いと不思議に調和する。新世界は祭りのような場所だ。初夏は愛染娘が主役を張り、串かつは恋の導火線。70を超える串かつ屋がひしめくこの地で、もっとも有名なのが「だるま」だ。

だるまの歴史は昭和4年(1929年)、屋号を「たこ菱」として始まった。高価だった牛肉を庶民にも味わってほしい。そんな思いで牛肉を串に刺し、衣をまとわせて油に落とした。それが串かつのはじまりだった。創業当初は牛串とじゃがいもの二種類だけ。値段は1本1銭。そこから物語は始まった。

新世界総本店は、通天閣から少し離れた中央通りにひっそり佇む。赤白のテント地の庇と、紫の暖簾。看板には「元祖」「発祥の地」と大書されている。小雨に濡れたアーケードの路地に、午前11時の開店を待つ客が並ぶ。総本店の店内はカウンター12席だけ。驚くほどミニマムな空間だが、むしろそれがよい。外の喧騒から切り離された、古き良き空気が漂っている。

カウンターに腰を下ろすと、ステンレスのバットと串立てが出される。注文したのは串かつ9本と、どて焼きがつく「新世界セット」1,600円。どて焼きは牛すじを味噌とみりんで煮込んだ大阪の郷土料理。熱々を頬張ると、織田作之助の『夫婦善哉』に出てきそうな大阪の匂いが立ち昇る。

串かつのベストナインは豪華だ。
・元祖串かつ
・天然エビ
・キス
・レンコン
・もち
・紅しょうが
・鶏つくね
・赤ウィンナー
・アスパラ
衣は軽く、油はからり。ソースにくぐらせて口に運ぶと、ふわりと旨味が広がる。特に餅の串かつは驚きだ。表面はカリリ、中はもちもち。唸らずにはいられない。
創業当初から続く「ジャガイモ」も追加した。これを食べずに串かつの物語は語れない。1本130円。庶民の腹を満たしてきた一本の重みを、今ここに感じる。

テーブルの上には「二度漬け禁止」の文字が見える。大阪流の矜持だ。どこかユーモラスで、どこか律儀。串かつはこの街の性格そのものだ。
コーラを頼んで合わせて2,822円。贅沢なランチになった。だが、それは単なる昼飯ではない。新世界の空気と歴史を飲み込み、舌に刻まれる時間の味だ。
串かつだるま総本店は、派手な看板を掲げながらも、昭和から続く匂いを今に残している。串を噛みしめるたびに、90年前の庶民の喜びが甦る。次に新世界を訪れたときも、このカウンターに腰を下ろし、再び「だるま」に帰ってくるだろう。
串かつだるま 新世界総本店 基本情報
- 正式名称:元祖串かつ だるま 新世界総本店
- 所在地:大阪府大阪市浪速区恵美須東2-3-9
- 電話番号:06-6645-7056
- アクセス:
- 地下鉄堺筋線 恵美須町駅 徒歩約6分
- 地下鉄御堂筋線 動物園前駅 徒歩約5〜6分
- JR大阪環状線 新今宮駅 徒歩8分程度
- 営業時間:
- 平日 11:00〜22:30(ラストオーダー 22:00)
- 土日祝 10:30〜22:30(ラストオーダー 22:00)
- 定休日:年中無休(元旦を除くとも言われる)
- 座席数・構成:カウンター席 12席(狭めの店内)
- 予算・料金帯:串かつ 1本 143円〜、平均利用額 2,000〜3,000円前後
- 支払い方法:現金のみ(クレジットカード・電子マネー不可)
- 予約:不可
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『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。