
東京で「青葉」を食べたことがあった。最初は高校時代、弟と夜行バスで奈良からやって来たとき。中野の名画座で松田優作の『最も危険な遊戯』を観る前、美味いと評判だった青葉の本店に並んだ。だが、風邪気味だったせいもあるのか、その味に感動はなかった。二度目は、上京してから。新宿バルト9にあった支店で食べたが、それも満足するものではなかった。

そして今、東京を離れる前に三度目の正直として、錦糸町の青葉に来た。喧騒を抜けるまでもなく駅ナカの店で、改札を出ればすぐ。ラーメンは、近ければ近いほどよい。
錦糸町の喧騒に溶け込むように「青葉」はあった。凛とした佇まい。東京の街は、どこへ行っても時間が流れているようで、流れていない場所がある。この店も、そんな場所のひとつ。
中華そば

昼時には行列ができると聞くが、オープン直後の10時30分なら余裕がある。運良く滑り込めた。カウンターには空席が4つ。メニューを眺めると、大盛り、つけ麺などはあるが、出汁は一種類のようだ。注文したのは中華そば、880円。原点の一杯だ。

待つこと数分、青い唐草模様の器の中に広がるスープは琥珀色に輝き、ナルトがすこし沈み、海苔が浮かんでいる。遠い昔、初めて「青葉」を訪れた高校時代が脳裏に浮かぶ。高校生の自分が、どこかで眺めているような気がした。
麺を啜る。あれ?美味い。意外と、いや、驚くほど美味い。ちゃんこ鍋のシメの雑炊をすするような優しさがある。適度なコシとしなやかさを持つ中太の麺が、スープをまとって口の中へ滑り込む。ナルト、焼き海苔、それぞれがノスタルジーを誘い、味の記憶を塗り替えていく。過去と現在が一杯の中で交差するような味わい。チャーシューのとろけ具合もすごい。どれほど煮込んだら、こんなに柔らかくなるのか。青葉、こんなに美味かったのか。今までの二度の記憶が、スープとともに流れ去っていく。

食べ終え、丼の底を見る。黒い胡椒の粒が数個残るだけ。これから「おすすめのラーメンは?」と聞かれたら「青葉」を候補に挙げる。「ごちそうさまでした」と呟き、店を出る。外は相変わらずの東京。だが、腹の奥にはしっかりとしたものが詰まっていた。
特製中華そば

東京は極端な街だ。令和7年の春、「寒の戻り」が容赦ない。昨日までは半袖で暑かったのに、翌朝はダウンを着込んでも寒い。違う国に瞬間移動したかのような錯覚。おまけに、花散らしの雨が止む気配もなく、桜も凍えて震えている。こんな極端な街だからこそ、極端に美味いラーメンが生まれるのかもしれない。
錦糸町で師匠と話をしたあと、駅ナカにある「青葉」に逃げ込んだ。体調は最悪。風邪気味で喉も痛い。そんなときに頼るのは、特製中華そば。1130円の豪華ランチ。煮卵、チャーシュー、海苔、メンマ、ナルト。オールスター感謝祭。エガちゃんの勢いを感じる一杯。店内にはRADWIMPSの『スパークル』が流れていた。

炙りチャーシュー、トロトロの半熟煮卵、シャキっとしたメンマ、愛嬌のあるナルト、堂々とした海苔。ビジュアルだけで、すでに勝利を確信させる。チャーシューはとろけるように舌の上でほどけるが、黒胡椒のスパイスが余韻を引き締める。煮卵は少しずつ味わいたい衝動に駆られるが、一口で舌にスパークルさせるのが正解。
やさしさの中華そば、パンチの特製中華そば。気分によって使い分けたい。今日は間違いなく後者の日だった。

丼が空になり、席を立とうとしたそのとき、店内に懐かしいイントロが流れた。GReeeeNの『恋文』だ。まだスマホもLINEも普及していなかった頃、奈良で付き合っていた人からのショートメールの着うたにしていた。ロングメールの着信は『キセキ』、電話は『君想い』。GReeeeNを使い分けていた。
空のコップにもう一度水を注ぎ、最後の一音まで聴いてから席を立つ。ラーメンの美味しさは、未練すら、そっと抱きしめてくれる。
つけ麺

師匠とアート本について語り合ったあと青葉へ。ひょっとしたら「冷やしラーメン」があるかもしれない。期待したが、そこは青葉。メニューにブレなし。つけ麺を頼んだ。
40年以上も生きて無数のラーメンを食べ歩いて、本当に感動する「つけ麺」に出逢ったことがない。スープの温度は下がる、麺が熱々にならない、具と麺が一体にならない。つけ麺はアキレス腱が多い。

しかし、青葉はこれまでのつけ麺のなかで上位。麺のツルツル度が見事。秩父の名湯『梵の湯』ほどのツルツル度。スープの温度は下がってしまうが、夏にはピッタリ。美味しさも中華そばに負けていない。

フィナーレは全部つけて即席の「中華そば」に。

完成度は中華そばのほうに軍配が上がるが、夏には悪くない。さすが青葉。つけ麺全否定だった自分に、往復ビンタを喰らわせてくる一杯だった。
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『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。