
旅先で、素泊まりにするか、食事付きにするか。それは大いなるギャンブルである。近くに旨い店があれば、素泊まりは正解。だが、そうでもなかったり、コンビニ飯になると後味が悪くなる。
2025年5月30日、金曜日。午前中に訪れた彫刻の森美術館が素晴らしく、そのあとの底倉温泉が日本で十本の指に入る名湯だった。さすがに3打席連続ホームランは無いと思いきや、まさかのバックスクリーン3連発。

箱根登山鉄道「宮ノ下駅」から徒歩8分。隣は超有名な「渡辺ベーカリー」。一宿のお世話になっている「つたや旅館」から歩いて4分の立地。
『La Bazza(ラバッツア』は、2002年1月にオープンした宮ノ下にある小さなイタリアンレストラン。

イタリア語で“幸せ”を意味する店名。地元の穫れたて野菜、目利きの魚屋さんから仕入れた新鮮な魚を使った料理を提供する。

17時半の開店と同時に扉を開けた。女将さんが出てきて「予約の方ですか?」と訊かれる。どうやら満席。次の空きは19時。他の店を探すしかない。だが、運がこちらを向いた。予約をしていた2人組が19時に変更してほしいと連絡があり、一席だけ空いた。かなり人気のお店のようだ。

パスタコース1850円と、白ワイン700円をオーダー。ワインは、フランスの「ヴァルモン・ブラン」という南仏の格安ワイン。かなり味が強い。料理を引き立てる気はさらさらない。でも、ガツンとして個性を感じられる。それはそれで、悪くない。

サラダとパンが着席。バターは自家製。そこにホイップをブレンド。これが逸品。コクも脂肪分が強く、ホイップのおかげで食感がフワフワという不思議なバター。パンの旨味を底上げしながら、このバターだけで、パンがどんどん消えていく。本来、イタリアンでは、パンはパスタソースをすくう「スカルペッタ」のためにあるが、これだけ美味しかったら、サクッと完食。
そして、サラダも見事。ルッコラがシャキシャキ。食感、味わいともに「ザ・新鮮」。さっき収穫したのではないかと思う瑞々しさ。生ハムは塩分控えめで、野菜の旨みを邪魔しない。これだけの前菜は東京でも食べられない。まさに旅サラダ。
真打登場。待ってました。小海老と野菜のペペロンチーノ。ブロッコリーもアスパラガシャキシャキ、海老がプリップリ。野菜の苦味も、エビの甘味も、息ぴったりのShall we dance。
そして麺。アルデンテの細麺は、しっかりニンニクの旨みが乗っているが、味付けが濃くない。かといって物足りなくない。
塩を効かせすぎることもなく、ニンニクのパンチも強調しない。そう、このパスタは自分の役割をわかっている。主役は新鮮な野菜と海老だということを。バックアップに回りつつ、きんと麺料理としての存在感も演出している。

野菜とエビに舌鼓を打ちつつ、ニンニクが旨味を後押しする。パスタが自分の仕事を理解している。これは相当の技術力がないと不可能。
素材の力を信じ、手を出しすぎず、それでも決して“凡庸”に終わらない。そんな料理が、箱根で待っていた。7回目の箱根にして、ようやく真の力に出逢った。
旅先で偶然出会った旨いものは、記憶の奥で、旅そのものの輪郭を形づくってくれる。
「つたや旅館」に泊まろう
食の憶い出を綴ったエッセイを出版しました!

『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。