
朝が遅い街、新世界。その中で、まだ眠気の残る路地に、いちばん早く灯りをともす店がある。午前六時。珈琲専科フーケ。

看板の「珈琲専科」という響きが、どこか古い文学の匂いを運んでくる。
外観は煉瓦造り。扉の脇には植木鉢が並び、女将さんが水をやる姿が見える。入口の前には古い手挽きのコーヒーミルが置かれていて、通り過ぎる者に「ここはただの喫茶ではない」と告げているようだ。

店内に入ると、エンヤの音楽が静かに流れている。カウンターの磨き込まれた木目、背後の棚に並ぶガラスや缶、そしてレンガの壁。法善寺横丁の『アラビア珈琲』を思わせるような、時の流れを吸い込んだ空気が漂っている。

カウンター席に腰掛けると、窓の向こうに朝の新世界の風景が見える。新聞を広げた年配の男性がふたり、黙ってコーヒーをすすっている。ここだけは関西弁のざわめきも遠い。まだ街が目を覚ます前の、静かなモーニング。

運ばれてきたのは、サイフォンで淹れられた熱いコーヒー、分厚いトースト、そしてゆでたての卵。卵を割ると、まだ熱気が立ちのぼる。値段は430円。驚くほど控えめだが、時間の流れまで買ったような気分になる。
やがて常連がひとり、またひとりと入ってきて、店内はゆるやかにざわめき始める。一見の客はそっと退散するのが流儀かもしれない。会計を済ませて、最後に尋ねた。「フーケ」という名の由来は?
女将さんが笑って教えてくれた。フランス語で「フォーク」という意味があり、パリのエッフェル塔の近くに同じ名前のカフェがあるのだとか。通天閣は大阪のエッフェル塔。だからこの名をつけたのだという。

新世界の喧騒の中で、フーケは小さな静謐を守っている。コーヒーの湯気とともに流れる、ゆるやかな時間。ここを知ってしまえば、もう新世界は観光地ではなく、ひとつの暮らしの街として胸に残るだろう。
珈琲専科 フーケの基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 住所 | 大阪府大阪市浪速区恵美須東1-19-10 |
| 電話番号 | 06-6633-8113 |
| アクセス | 地下鉄堺筋線 恵美須町駅 徒歩3分(約190 m)御堂筋線 動物園前駅 徒歩5分新今宮駅からも徒歩でアクセス可能 |
| 営業時間 | 6:00 ~ 18:00 |
| 定休日 | 木曜日 |
| 席数 / 店内構成 | カウンター9席、2人掛けテーブル7卓、4〜8人掛け大テーブルあり |
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『月とクレープ。』に寄せられたコメント
美味しいご飯を食べるとお腹だけではなく心も満たされる。幸せな気持ちで心をいっぱいにしてくれる、そんな作品。
過去を振り返って嬉しかったとき、辛かったときを思い出すと、そこには一生忘れられない「食」の思い出があることがある。著者にとってのそんな瞬間を切り取った本作は、自分の中に眠っていた「食」の記憶も思い出させてくれる。